前へ  次へ


                                *



 セリュンジェはすっかり面白くなって言葉を次いだ。面白がりすぎて、言葉づかいを丁寧にすることも忘れてしまっていた。
「そうさ、俺たちは無法な侵入者だ。もとよりそれは承知の上だろう。だが使者どの、よく考えてみろ。そっちの言う法というのはそもそもペルジア大公の定めた、ペルジアの国法だろう。それを守らなければならないのはペルジア大公に剣を捧げ、その禄を食むものばかり。俺たちは国を捨ててきた宿無し部隊だ。そちらにはいかにも無法、不法に見えようが、こっちにとっちゃそんなもの法ではありゃしないんだからな」
「こ、これは乱暴な……」
「そうとも」
 セリュンジェはにやにやしながら、やはり同じようににやにやしている仲間たちを振り返った。
「ここは天下のレント街道、俺たちは天下の街道無宿。命はどうせないものと、腹をくくってここまで来てるんだ。きれいごとだの何だの、ちょっとやそっとじゃ動くつもりはねえぞ、さっさとその禁軍百万騎とやらでかかってこいよ。そうしたら相手になってやらあ。むろんそっちのほうが何百倍とあるだろうから、こっちは全滅になるだろうが、そうとなりゃあ最後の一騎になるまで暴れてやるさ。そうさな。イズラルの半分は焦土に変えてやろうじゃないか。なあ、みんな」
 セリュンジェが言い切ると、周りのメビウス騎士たちはわあっと歓声を上げた。若い騎士はもう、面食らっておろおろしだした。それに代わって、今までずっと黙っていた年かさの騎士の方が口を開いた。
「なんと、無法な。それでは切り取りが武士のならいであった頃と何も変わらぬではないか。時代を百年も逆戻りさせようというたくらみとしか思えぬ」
「ああもう、うるせえな」
 礼儀もへったくれもない傭兵であるセリュンジェは、ペルジア騎士の喋り方にはついていけなかったので、乱暴に遮った。
「何と言われようが、俺たちはここを動くつもりはないぞ。そっちの無法なんか知ったこっちゃねえ。だからかかってくるならくる、降参するならする、さっさと決めやがれ。どうせ二度とない命、こちとら覚悟はとっくにできてるんだ。順序とか礼をもってとか言うなら、どうして中隊長だの元帥だの、出し惜しみしてくるんだ。軍使を立ててうちの大将とお会いしたいってのは、そっちなんだろう。もっと礼を尽くせよ。礼を。そんな木っ端騎士なんぞを相手に、うちの大将おんみずからご足労かけさせようなんざ、むしがよすぎるってもんだぜ」
「で――では、貴軍はどうされよと言うのだ」
 ペルジア騎士の唇がわなわなと震えた。
「いかがすれば、貴軍司令官と我が軍の使者との会見を認めていただけるというのだ? 二度までも何の返答もなく追い返されたとあっては、当方も面目が立たぬ。どうすれば認めていただけるのか」
 手綱を握り締める彼らの手が、ぶるぶると震えているのをヤシャルは見た。怒りや口惜しさのためとも、衝撃のためともとれなかった。
「そうさな」
 セリュンジェはわざと勿体ぶって間を置いた。
「俺たちの千騎長は、そりゃあ大物なんだぜ。今に中原に覇を唱えようってお方だ。その方相手に妙な中将だの元帥だのじゃあまりに失礼ってもんだろう。こっちが一番偉い千騎長を出すんだ、そっちもいちばん偉い奴――アダブル大公を出せよ。大公自ら出馬してくるってなら、考えてやらねえこともないぜ」
「な……な……なんと……」
 いきなり出された条件に、二人の騎士は仰天した。彼らがとっさに応答できぬのを見て、セリュンジェはしてやったりというようにヤシャルと目を見交わして、澄ました顔で続けた。
「とは言ってもそっちにも都合があるだろう。それにこんな返答を持っていってあんたら下っ端が大公の逆鱗に触れて首を飛ばされたら気の毒だ。だからペルジアでは唯一人がましいって噂も高い、トティラ大将軍が出てくるというのでどうだ? トティラ将軍で何とか我慢していただけるように俺が口ぞえして、とりなしてやろう」
「しかし――しかしそれでは……」
「嫌だってなら、俺たちは一年だろうが二年だろうが、気の向くまでいつまでもここに根を下ろすだけのことさ。さあ、さっさと戻れよ」
「しかし、トティラ将軍は……」
「くどい!」
 軍使がまだ尚も何か言おうとしたところで、ふいにセリュンジェは様子を改め、びんと声を張った。
「司令には木っ端騎士が何人来ようと割いておられる時間はない。そちらが軍使を立て、司令との会見を望むというのであれば、トティラ将軍みずから出向いていただくことが条件である。もしこの条件を受け入れぬのであれば、ペルジア政府は我がほうを野盗、匪賊のたぐいとみなしたものと解し、我らはその見解を違えぬべく野盗、匪賊の論理でもって行動するつもりである。そのようにアダブル大公、トティラ将軍に伝えよ。これは我が司令のお言葉である」
「そ――その、司令とは……」
「千騎長、アスキアのアルドゥイン」
 セリュンジェは誇らしげに答えた。
「われわれはアスキアのアルドゥイン千騎長麾下の独立騎士団、アルドゥイン騎士団である!」
「アルドゥイン……」
 使者の二人は、その名を呆然と繰り返した。
「さあ、行け!」
 セリュンジェが脅すように剣の柄を叩くと、二人は慌てふためいて手綱を引き、馬首を返した。彼らが価値観を覆されたことにどれほどの衝撃を受けたのかは、退去の挨拶もそこそこに丘を駆け下りていく後ろ姿から容易に窺い知れた。
 その様子を紅玉騎士団の面々は大笑いしながら見送った。
「見ろよ、あの慌てよう!」
 セリュンジェは彼らを指差して、もう少しで馬から落ちかねないくらい身をよじって笑った。
「あたふたと仲間のところに戻っていきやがる。あんなに慌てたら、馬から転げ落ちるんじゃねえのか」
「ペルジアの腰抜け騎士め! さぞかし思い知っただろう」
「いいざまだ!」
 彼らはくらつぼに伸び上がったり、手を叩いて嘲り笑った。ペルジアの騎士たちにしてみれば非常に気の毒なことであったが、彼らをこてんぱんにやりこめたこの一幕は、またとない面白い見物だったのだ。
「すげえぞセリュンジェ。使者をやり込めるとは見直したぜ」
 アロイスたちが近づいてきて、馬から下りたセリュンジェの背中をどしんとどやしつけた。
「いや、アルドゥインがああ言え、こう言えって言ったとおりに言ったんだ」
 苦笑いを浮かべて、彼は告白した。
「どうりでセリュンジェにしては弁が立つと思った」
「感心して損したじゃねえか」
「それにしても、アルドゥイン騎士団ってのは誰の案だ?」
 ジョーンが言った。
「あれはつい、口からでちまったんだが……」
 セリュンジェはちょっと口ごもった。ついつい調子に乗って言ってしまったが、アルドゥインがこの軍を率いていることにいまだ反感を抱いている隊長たちもいるのだということを今になって思い出したのだ。
「やっぱりまずかったよな。俺たちは紅玉騎士団なのに……」
「いや、独立騎士団、アルドゥイン騎士団って、すげえかっこいいじゃねえか。聞いたときぞくぞくっときちまったよ、俺は」
 興奮した様子でジョーンは叫んだ。
「そうとも。俺たちは奴を信じてメビウス軍を抜けてここまでついてきたんだ。俺たちはアルドゥイン騎士団の騎士だ!」
 誰かが叫んだのに、たちまち周りの騎士たちが沸く。セリュンジェの心配をよそに、アルドゥイン騎士団という言葉の響きは彼らをすっかり魅了してしまったようであった。あまりいい顔をしていなかった、とセリュンジェの記憶にあったはずの百騎長までが騒いでいたのには驚かされた。
「アルドゥイン将軍ひきいる独立騎士団――いい響きだな」
「あいつは俺たちの将軍だぜ。ディオン閣下の次にってことだけど!」
「未来の紅玉将軍って言ってやってもいいや」
 まだ使者団の様子を見ていた騎士が言った。
「おい、使者団の奴らが戻っていくぜ」
 先触れの帰還を待っていた丘下の一隊は、二人が帰り着くのとほとんど同時に動き出した。イズラルの城門が慌てたように開き、たちまち隊は吸い込まれるように中に入っていった。
 またメビウスの騎士たちは笑った。
「あんなに慌てて」
「そりゃ、一刻も早くさっきの言葉をトティラ将軍に伝えなければならないからな」
「下手に伝えたら奴らの首が飛ぶぜ」
「しかし、痛快だったな!」
「まったくだ」
 ふいに背後からアルドゥインの声がしたので、イズラルに気をとられていた騎士たちは慌てて振り向いた。
「あっ、閣下」
「将軍閣下のおでましだ!」
 騎士たちははしゃいで、てんでに騎士の礼――君主に対する正式の――をした。そんなことをいきなりされたのでアルドゥインはびっくりした。
「おい、何だよこの騒ぎは?」
「千騎長はわれわれの大将軍ですからね」
 ヤシャルは陽気に笑った。
「今のわれわれはメビウス軍籍を抜けた身。千騎長が唯一の主君です」
「そう言ってもらえるのはありがたいが……あまりはしゃぐなよ。俺はただの千騎長なんだし、軍籍を抜けたといっても戦略上のことなんだから」
 アルドゥインは面はゆいような、不安そうな、何とも言えぬ複雑な表情を浮かべた。それからセリュンジェの方に馬を寄せて、彼の肩を叩いた。
「それはそうとセリュンジェ、よくやってくれた」
「いやあ、あれでよかったのか?」
「ああ。上首尾だ。これ以上にはないくらいな」
 照れて頭を掻きながら問うセリュンジェに、アルドゥインはすぐに調子をとりもどして頷きかけた。
「大将軍じきじきのお褒めの言葉だぜ」
「やったな、セリュンジェ」
 わっとはやし立てる声が起こる。
「使者はうまくあしらってやったけど」
 セリュンジェはちょっと心配そうに付け加えた。
「じっさい、トティラは出てくるかな?」
「出てくるさ」
 アルドゥインは確信に満ちて答えた。
「遅くともこの夜のうちに、トティラ将軍は出てくるだろう」
 夕方のオレンジ色の光の中に立って毅然としたまなざしで敵の首都を見つめているアルドゥインの姿は騎士たちが見とれるほど凛々しく、頼もしげに見えた。イズラルまで来てしまった以上、頼れるものは千騎長として彼らを率いるアルドゥインしかいなかったことは確かだが、それ以上に人を惹きつけるものを彼は持っていた。
 アルドゥインが実際のところ仕官し始めてから二ヶ月しか経っておらぬこと、ましてや千騎長になってからは一旬も経っていないこと、異国の人間であることすら、いまや彼らの脳裏からは消え去っていた。まるで何年もこうして彼が騎士団を指揮し、戦ってきたような気にすらなったのである。
 この時彼らは、アルドゥインこそが彼ら唯一の将軍であるという、その思いで一つになっていたのだった。

前へ  次へ
inserted by FC2 system