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昔見た夢


 私は一人、ポプラ並木の続く長い坂を登りきった所にある小さな洋館に住んでいました。
 坂の下にはささやかな街がありました。私が住む家の二階、街に面した窓からは街の屋根屋根を見下ろすことができました。遠く、小さな蝋燭のように見える教会の尖塔からは、毎日美しい鐘の音が響き、私に時を告げてくれました。
 ですが街の人がこの坂道を通ることは滅多になく、私の家を訪れる人は誰一人としていません。鳥たちばかりが鳴き交わす、そこはとても寂しい場所だったのです。
 二階建ての洋館はとても古びていて、壁は白く、窓枠は深緑で塗られていました。ふちの反り返った屋根は臙脂色の板で葺いてありました。低い石段を降りると、玄関の前にはささやかな庭がありました。そこで私は薔薇を育てていました。
 庭の世話は夜になってから、それも月夜の晩にしました。青白い月の光の下で、夜露にしっとりと濡れた薔薇には昼間の女王のようなきらびやかさはありませんでしたが、私はそのひっそりとした風情を愛していたのです。
 小さな家の中は荒れ放題で、部屋の隅には小さな同居人である蜘蛛が幾つも巣を張っていました。板葺きの床は踏むたびにぎしぎし鳴り、二階などにいては踏み抜いてしまいそうでした。
 家内の調度品も同じように古びてしまっていましたが、懐かしさを感じこそすれ、それで不自由することは一つも無かったので、私はそのままにしていました。私は私のこの小さな家を、そして今のこの状態をとても気に入っていたのです。
 私はまだ若い女でした。鏡の無いこの家の中、唯一自分の姿を知る手がかりは窓でした。私は窓ガラスに映る自分の姿が、とても気に入っていました。黒い髪は腰まであり、瞳はポプラの若葉のような緑色でした。
 私はいつも、裾を引きずるような長い白いドレスを着ていました。寒いときには緑のショールを肩にかけていました。若い年頃の娘がつけるような身を飾るものは何もありません。けれどそれでよかったのです。
 私はそれに満足していました。いくら着飾ったとて、自分以外に誰がその姿を見るのだというのでしょう。私には共に住む者はなく、いつも一人で過ごしていました。
 とても長い間、私は一人で暮らしていました。そのことに疑問を感じなくなってしまうほどの永い時間です。
 おそらくは私にも、この家で共に暮らす家族がいたのでしょう。友人たちが訪れることもあったのでしょう。ですが彼らの顔も名前も、どうして彼らがいなくなってしまったのかも、私にはもう思い出せないほど遠い昔の、白く霞がかった思い出でしかありませんでした。
 呼ぶ者はなかったので、私は自分の名前すら忘れていました。一人で暮らすのに、名前は必要なかったのです。
 幾度も季節は巡り過ぎてゆき、ポプラは何度も坂道を金色の葉で彩り、やがて訪れる冬を知らせてくれました。雪は視界を真っ白に埋め尽くし、ポプラは愛らしい緑の新芽で遠からぬ春を知らせてくれました。私は窓辺に立ち、その光景をいつまでも眺めることが好きでした。
 時折、坂を行き越せない旅人たちが、私のこの小さな館に一夜の宿を求めに来ます。私は快くかれらに一時の安らぎを提供しました。庭より外に出ることのない私にとって、かれらと過ごす時間はめったに訪れない楽しい時間でした。
 そして時折、私は何も知らず眠るかれらの命を奪いました。私を疑いもせず、無邪気に眠るかれらを殺めてしまうこと。それはとても心の痛むことでした。ですが私はそうせざるを得ませんでしたし、そうしなければ生きていけませんでした。
 私は他人の命を吸い取ることで、永遠に生きることを課せられた吸血鬼だったからです。
 人々はいつしか、私の住む家を避けるようになりました。火をつけられたり、無粋なひとたちに家を荒らされるようなことが無かったのが、私にとってはせめてもの救いでした。
 私はいつから始まったともしれぬ、訪れる友も、共に暮らす家族もなく、孤独に生きる生活を続けていました。永遠の命は私に何ももたらすことはありませんでした。永遠の命を持っていても、永遠の孤独以外に何も得るものはないのです。
 ポプラ並木の続く坂を登りきったところにある小さな洋館の二階からは、坂の下の街がよく見えました。私は夕暮れ時によく二階の窓辺に立ち、街を見つめ泣いていました。時には美しすぎる夕焼けを見て泣きました。この世のすべてに倦んだ私に、毎日違った姿を見せてくれるのは空だけだったのです。
 窓の下では私のことなど何も知らぬ旅人たちが、不思議なものを見るように私を見つめていました。有限の命しか持たぬ、可哀想な、憐れな、うらやむべき人達。
 永い間そうして生きてきたのに、私はいつまでも孤独に慣れることができなかったのです。私の心は哀しみのためにいつしか空虚になっていきました。それが癒されることはきっと永遠に無いのだと、私には判っていました。
 永遠の命は人の命を奪って生きる罪への罰だと思っていました。


 けれども――


 罪が罰の前にあったのか


 罰が罪の前にあったのか


 それは私にはもう、判らなかったのです。




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