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Not to fairy tale 1


 ロミは産まれたときから少しばかり変わった子供だった。
 両親が畑仕事をしている間、赤ん坊は畦道の脇に置いた籠の中に寝かされて放っておかれるのが貧しい村人たちの常だったが、ロミは他の赤ん坊がそうであるように、どこかへ這い出そうとすることも乳を求めて泣くこともなく、何時間でもおとなしく籠の中に収まって、空やそこを横切る鳥や虫を見つめてじっとしていた。
 全くと言ってもいいほど手のかからない赤ん坊を、はじめ両親と祖父母は喜んだ。何しろ夫婦には六歳をかしらに、まだ働き手には程遠い、遊びたい盛りで悪戯盛りの子供ばかりが三人、上にいたからだ。
 だが赤ん坊だったロミが掴まり立ちを始め、片言ながら自分の意思や考えを口に出せるようになると、かれらは戸惑いを感じるようになった。何もないはずの空間をじっと見つめていたり、いもしない誰かや草花や動物に話しかけて、相手の見えない会話をしている妹を、兄姉たちもまた、馬鹿にしてからかうのでなければ気味悪がった。ロミにとって二番目の兄にあたる子供が病に倒れた際、彼女が死の時を正確に言い当てたことで、その感情は決定的なものとなった。
 家族でさえそうだったので、他人ともなればなおさらそれは顕著だった。大人たちは、ロミを内心で恐れてなるべく関わらぬようにしていたが、村の子供たちは彼女を見つければはやし立てたりからかったり、時には石を投げたり小突きまわしたりして、自分たちの憂さ晴らしに彼女を使った。
 ロミ自身はそれに対して、ただ大きな瞳を潤ませて見つめ返すばかりで抗議することも抵抗することもなかったが、川面を見つめていた彼女を突き飛ばしてびしょ濡れにさせた少年は同じ川で石に足を取られて転び、木に向かって話しかけていたところをからかって小突いた子供たちは、その木のうろから飛び出してきた蜂に刺された。
 そんなふうに、まるで目に見えぬ誰かがロミの代わりに仕返しをしてでもいるかのように、彼女にちょっかいを出すと必ず後で何かしらの痛い目に遭うと判ってからは、からかう言葉や罵りを浴びせることはあっても、誰も彼女に手を出さなくなった。
 ごくごく幼いうちこそ、川の中にひどく透明できれいな、魚に似ているが人にも似た生き物がいるのだとか、大人の靴の中で眠れるほど小さな人々が地中から出てきて、月明かりのもとでコガネムシを狩っていたのだとかいったことを家族に伝えようと一所懸命になっていたロミだったが、自分の見ているものは他の誰にも見えておらず、彼女にしか聞こえない音や声があるのだと気づいてからは、沈黙を通すようになった。
 しかしそれまでに、ロミが普通の子供でないことは村中に広まっていた。そうして彼女は、同じ村の人々の誰からも相手にされない子供となった。それでも、幼い身で村を放逐されないだけ彼女はまだ恵まれていた。
 兄や姉、続けて生まれた弟妹からさえも避けられ、遊び相手も話し相手もいないロミだったが、そのことを少し寂しいと感じても、不便は感じなかった。年の近い人間の友達はたしかに一人もいなかったが、咲き初めた花や年ふりた大木、世界を巡る風や水といった、悠久を生き、或いは年齢などという概念を持たないか超越した存在が彼女の友だったからだ。
 かれらはロミにかれら流の一風変わった愛情を注ぎ、周囲のどんな人間からも得ることもできない知識を与え、様々な美や不思議を見せてくれた。もちろん、かれらの姿を捉え、その声を聞く力が彼女に備わっていたからこそのことであったが、幼い彼女にはまだそれが特別な能力によるものだということも、見ることができない人々ではなく、見ることができる自分が異質なのだということも理解できていなかった。
 ロミにはもう一つ、他の誰とも違う部分があった。それはこの世のものならぬ存在を見る力のように、彼女自身が告げない限り他者からはそれと知ることのできない種類のものではなく、身体的な特徴として表れていた。
 ロミはこの村に住む人々と同じ、褐色の肌と深い青の瞳をしていた。しかし彼女の髪は色こそ村人たちと同じ黒だったが、光を受けるとその髪は七色の輝きを放ち、まるで虹を宿らせているかのような色合いを帯びるのだった。
 多くの村人たちは、それを美しいと思うよりもむしろ不気味なもの、異常なものとして見た。物心つく頃にはロミも彼らのそうした心情を敏感に感じ取るようになっていたので、彼女はますます孤独を選ぶようになり、人ならざる友に親しんでいった。
 けれども、そのせいかロミは同じ年頃の子供と比べてひどく大人びていて、赤ん坊の時と同様、両親の手を全く煩わせなかった。いたずらをすることもなければ口答えをすることすらほとんどなく、農作業や家事の手伝いを命じられればその年齢と体格に見合った完璧さでそれらをこなした。
 特に、村では子供の仕事として与えられる、木の実や茸集めに彼女は際だった才能を示した。というのも、森や野原に住まう妖精たちが彼女に木の実がたくさん実っている場所や、茸の群生地、美味しい実をつけている果樹、食べられる植物などを教えてくれるからだった。
 いつになく冷たい夏が慌ただしく過ぎ、実りの少ない秋が足早にやって来たその年も、森に食料集めに行く子供たちが手ぶらで帰ることも少なくない中、ロミだけは常に何かしらの収穫を持ち帰ってきた。
  不作の影は均等に村を覆っていたが、同時に襲い来る飢えをロミのおかげで家族は辛うじて免れていた。だが、だからといって彼女に感謝したり、ありがたがったりしたわけではない。ロミの不思議な能力によって家族が食いつないでいることはすぐに村中の知るところとなり、今まではロミ一人に向けられていた奇異のまなざしや蔑みといった悪感情が、妬みを新たに加えて家族全体に向けられるようになったからだ。
 小さな村は、良くも悪しくも一つの共同体だった。そこに属する者は、他の者と境遇を同じくしなければたちまち居場所を失うことになった。その他大勢の村人の一員でしかない者が、他の誰も持たない――持ちえない手段で他に抜きんでることは許されなかった。それが許されるのは何かしらの地位と権力を持つ者だけだった。今は誰もが飢えねばならない時であり、そこから外れた者は妬みを受けるだけでなく、悪くすれば共同体から追放されかねなかった。
 集団に属し、その力を借りなければ生きていくことが難しい社会において、そこからの追放は社会的なもののみならず、生命体としての死そのものを意味する。かくてロミの家族は、この年を飢えずに生き延びてその属する社会を失うか、飢え死にの危険を分かち合って村の構成員としての命脈を保つかの二択を迫られたのだった。
 そして両親が選んだのは、飢えてでも村の一員であり続けることだった。ロミ一人が妖精の取り替え子だとか悪魔に魅入られているのだとか噂されている分には自分達にはさほど関係ないが、ロミに憑いた悪魔の力で一家が食料を手に入れているのだと騒ぎ立てられたら、とてもではないが無事では済まなかったからだ。神に背いたと見なされることは、共同体からの追放と同じくらい恐ろしいことであり、命を危険にさらすことだった。
 だが、ロミを食料集めに行かせずに一家全員がこの飢饉を乗り越えるなど、到底不可能であるのは自明の理だった。そのような時、人々がとる手段は決まっていた。それが若い娘や働き手となりうる少年ならば幾ばくかの金や食料と引き換えにされ、買い手のつかない老人や子供ならそっと闇へと葬られるという違いはあったものの、多くが生き残るために誰かが村から消えねばならなかった。
 その日の夜、両親は一つのベッドで身を寄せ合って眠る五人の子供たちを見やった。子供たちは一番上でもまだ十三歳に満たず、すでに働き手ではあったが欠かせないとまでは言えなかった。末の息子はたった三歳で、大人びた姉のロミとは違い、家の手伝いもまだろくにできない幼児だった。
 いずれ父の財産を継ぐ長男以外は、どの子も条件はほとんど変わらなかった。しかし両親は全く迷いもためらいもせず、話し合うことすらなく、自分たちが生き残るために誰を犠牲にするかを決めた。
 翌日、ロミを含めた子供たちは父親に連れられて森へ出かけた。森の手前に広がる野原や、整えられた道のある部分は村人たちが領主から自由に出入りを許されている場所で、領民であれば誰でもそこで薪を拾ったり、食べられる草や木の実、薬や染色に使う植物などを集めたり、獣や鳥を捕っても良いことになっていた。
 それより奥は、秋に団栗を食べさせて豚を太らせるためだとか、教会や水車小屋などの公共の建物を修理したり新築するための木材を切りだすためなどの特別な場合にだけ立ち入りと利用を許される領域だった。しかし柵はないし見張りも立てられていないので、入ろうと思えば簡単に入れるし、事実として森番の目を盗んで立ち入る者はいくらでもいた。人が余り踏み込まない森の奥は、その分だけ豊かだったからだ。
 父親は森番が近くにいないことを確かめると、獣道と見分けのつかないような細く頼りない道を行き、草を踏み分けて森の奥へと入った。子供たちは親鳥を追う雛さながら、ぞろぞろとその後をついていく。やがて、振り返っても村で一番背の高い教会の屋根にかけられた十字架すら透かし見ることができないほど奥まで来た。
 ようやく足を止めた父親は、子供たちにこの辺りで食べ物になるものを探すようにと命じ、しばらくしたら迎えに来ると言い置いて、自分は薪を取るために斧を持ってその場を離れてしまった。
「じゃあ、僕はあっちを探してくる」
「なら私は向こう」
 一番上の兄は末の弟の手を引き、姉は妹の手をとって歩きだしてしまい、ロミだけが一人で残された。一度も来たことのない場所だったのでさすがに不安げな表情を浮かべているロミに、兄は言った。
「ロミは目に見えないお友達とやらがいるんだから、一人で大丈夫だよな」
「だけど、森に一人で入っちゃ危ないって……」
「ほら、さっさと行けよ!」
 言い終わるより先に、兄はロミの体をぐいと押しやった。ロミはよろめいて、踏みとどまれずに目の前の藪に突っ込んでしまった。幸いにして藪には棘のある木や葉はなかったし、枝が目に入ることもなかったが、細い小枝がちくちくと肌を刺した。彼女が立ち上がるために手を貸すことなど、誰もしなかった。結っていない巻き毛が枝に引っ掛かってしまってロミが起き上がるのに苦労している間に、四人は二手に分かれて思い思いの方向に行ってしまった。
 転んだ痛みとあからさまに仲間外れにされたことへの悲しみで、じんわりと目が潤んできたが、ロミはため息一つで涙を押し戻し、泣かなかった。こんなことはよくあることではなかったが、滅多にないことでもなかったからだ。すると擦りむいてしまってひりひりする頬に、すべらかでひんやりとした何かが触れた。
「ひどいことをするのね」
 顔を上げると、ゆたかな緑の髪を胸に垂らした美しい女が目の前にいた。ざらついた細かな皺に覆われたその肌は暗い灰みを帯びた茶色で、木の幹に似ていた。彼女はロミが倒れた藪のすぐ前に生えている樫の木だった。
「私の洞にいる蜜蜂に頼んで、仕返しをしてあげましょうか」
「ありがとう。でも、仕返しはいらないわ」
 ロミは微笑み、首を横に振った。そして目の前の女をまじまじと見た。
「あなたに会うのは初めてね」
「ええ。初めまして、ロミ。でも、鳥や虫たち、風からあなたのことは聞いているわ。私たちと話ができる人の子は久しぶりですもの。こんな森の奥に、何をしに来たの?」
「木の実を探しに来たの。村には食べるものがないから」
「なら、こちらにいらっしゃい。黒スグリの所に連れて行ってあげる」
 樫の木の精はロミの目線に合わせていた姿勢からすくりと立ち上がり、手を差し伸べた。ロミは何のためらいもなくその手を取った。村人たちと違って、かれらは決してロミの伸ばした手を振り払ったり、突き放したりはしなかったから。そして彼女は言葉どおり、艶やかな実をたわわに実らせた黒スグリの木の近くまでロミを案内してくれた。
 黒スグリの木にもロミは挨拶をし、彼女の子供であるその実を分けてもらってもいいかと尋ねた。黒スグリは快くそれを許し、ほど遠からぬ場所に野イチゴがたくさん生えていることを教えてくれた。


(2013.9.30up)

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