右から来る


 つい先日のことである。
 風呂で髪を洗っている時、脱衣所の方から生き物の気配を感じた。我が家の猫は風呂嫌いのくせに、なぜか洗面器に汲んだ水を飲みたがって風呂場にやってくる。なので、この時も猫が水を求めて来たのだろうと思って、猫の名前を呼びながら右斜め後ろにある扉を振り返った。
 風呂の折れ戸はフロスト加工されたアクリル製だから、はっきりとは見えないが物の形は分かる程度の透明さはある。うちの猫は白っぽい毛色なので、脱衣所が暗くても扉の前にいれば暗闇にぼんやり白っぽい影が浮かんで、そこに猫が来ていると分かる。だが振り向いた扉の向こうに、猫らしき影はなかった。
 確かに気配はあったのにおかしいな、と思いながらふと視線を上に向けると、扉の把手の少し上に、変なものが透けて見えていた。
 白い、能面みたいな顔である。そもそも透けないように加工されたアクリル越しなので目鼻立ちをはっきり確認することはできなかったが、目と口の位置には黒い穴が空いているように見えた。
 瞬きしたら消えていて、風呂場に入ってきたようではなかったので、気持ち悪かったが少し安心した。
 その翌日、会社に向かって歩いていたら、急に右耳に生暖かい息を吹きかけられた。そしてそれと同時に、含み笑いするような男の声が聞こえた。
「んふふぅっ」と。
 何事かと慌てて振り向いたが、周囲には誰もいなかった。そもそもの話、耳まで覆う帽子をかぶっていたのに、耳元に息を吹きかけられるはずがない。大体、いきなり耳に息を吹きかけるって何なのか。意味が分からない。
 二日続けて右側から変なものに遭遇したので、右半身に何か異変が起こるのではないかと戦々恐々としていたが、猫に右腕を咬まれて痣ができたくらいなので、あれはたまたま二日連続でこちらにちょっかいを出すのが好きな奴と行き会ってしまっただけなのだと思うことにしている。
 しかし、耳元に感じた吐息の生暖かさとぞわっとした気持ち悪さはしばらく忘れられそうもない。


(2018.2.10)

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