とんだはなし


 小学三年生になった春、家族で出かけたホームセンターで置き去りを食らったことがある。理由は実にばかばかしいことで、エクステリアコーナーの人工池で展示されていた金魚が一匹死んでいるのを、店員に知らせた方がいいと私が何度か訴えたのを母が鬱陶しがったというものである。
 車に乗せてもらえず突き飛ばされて、それでも発進するのを追いかけたのだが、駐車場の出口で急加速してしまった。子供の足、しかも当時クラスでぶっちぎりの鈍足を誇っていた私の走力で追いつくはずもない。どんどん遠ざかる車の後を追って、泣きながら大通りに出たところまでははっきり憶えているのだが、その後の道筋が全く思い出せない。
 気づいたら、私は自宅近くの公園の入り口に立っていた。自宅から歩いて二分くらいの所にある、学校裏の公園である。そしてそこで、弟が一人だけでぽつんと立ち尽くして泣いていた。
 弟のそばに行って何があったのか尋ねたところ、置き去りにした私を心配して、引き返そうと訴え続けていたら、弟もまた鬱陶しがられてこの場所で下ろされてしまったとのことだった。戻っても締め出されるかもしれないが、とりあえず家に帰ろうと弟に言って、二人で手をつないで歩きだした。
 そうして家の手前の角まで来たら、ちょうど父が出てくるところに出くわした。どうしてだか、父はものすごくびっくりしていて、私も弟もそれ以上怒られることなく何事もなかったかのように家に入ることができた。
 後日聞いた話なのだが、私と弟が家に着き、父が玄関から出てきた時、両親は帰宅して一分も経っていなかった。そもそも、弟と公園で出くわしたのも、弟が下ろされた直後のことだったのだ。つまり、私は車で行くのとほぼ同じ時間でホームセンターから公園までの距離を移動したという計算になる。確かに途中までは走っていたが、記憶が途切れた大通りの辺りでは、もう息が上がって歩きになっていたはず。それを、車で五分の距離を徒歩でも五分で、なんてどう考えたって無理な話である。
 あまりにも謎すぎる事件であったため、あの日、置き去りにされた私はUFOに攫われて、公園に現れた私と入れ替わったのだろうと冗談半分で言われている。


 それから約十年後、家族四人で長野県まで出かけることがあった。前年に免許を取得したばかりの弟が、父と交代で運転してくれた。父は割と飛ばし屋で、山道にもかかわらず三桁を出すこともざらなのだが、弟はスピードに関して慎重派で、カーブの多い道だったこともあって平均すると時速七十から八十キロくらいで車を走らせていた。
 すると通常なら父の運転で四時間かかるはずなのに、なぜか三時間弱で目的地に着いていた。時間が余ったので、興味はあったけれども行く暇がないね、と言っていた場所に寄ることができたくらいの余裕ぶりである。
 まるで、経路のどこかをショートカットでもしたかのような出来事だった。


 それからまた数年が経ったある年のこと。
 霊山巡りがマイブームになっていた父に付き合って、F県のH山まで行ってきた。修験道の霊山だけあって本殿は山の上にあり、参道として中腹から千段以上はあろうかという長い石段が続いていた。この石段の長さに、足の調子が良くない両親はもちろん、体力に自信がない私も怯んでしまった。
 だが幸いなことに、我々のような軟弱な参拝者のためというわけではないだろうが、参道入り口の少し下から本殿の横まで『スロープカー』なるケーブルカーに似たものが設置されていた。始点から終点までの間に一つ駅があって、それぞれの駅にはちょっと小洒落たフランス語の名前がついている。
 地図を見ると、石段に面して参道を横切る道の奥に途中駅があった。既に石段の前を通り過ぎていたから、そこに向かうことにした。しかし少し近づいてみて分かったのだが、その駅はプラットフォームに向かう階段が施錠され、駐車場にも鎖が張られて閉鎖されていた。おそらく利用者が少ないせいだろう。
 仕方がないのでもっと下にある始発駅を目指そうということになったのだが、そのためには参道入り口より手前まで引き返す必要があった。そこまで行かないと、降りられる道がなかったのだ。
 行き止まりでUターンして、最後に曲がった角まで来たと思ったら、目の前に始発駅があった。
 さっきまで、屋根しか見えていなかったのに。
 参道入り口どころか、曲がり角すら過ぎていないのに。
 振り向いたら、通り過ぎるはずだった曲がり角が、二百メートルほど後方にあった。そしてその曲がり角から現在地までの間には、フェンスで囲まれた空き地があるだけで、道はなかった。
 何が起きたのか全く分からなくて、両親と三人、顔を見合わせて数秒間ぽかんとしてしまった。
 私だけのことなら、一瞬眠ってしまっていたとか、意識が飛んだのかと思うところだが、三人が三人とも「参道入り口まで戻らないと行けないはずの場所に、戻ってもいないのに一瞬で着いてしまった」とはっきり認識していた。全員が同時に意識を失うとか、記憶を飛ばすなんてことは考えづらい。というか、意識を失ったのに運転していたとかいう方が恐ろしすぎる。
 訳が分からなかったが、『一瞬で約二百メートル移動した』と事実をありのままに理解するしかなかった。まったくもって意味不明である。


 ちなみにこのワープ現象、私がいないところで家族の身に起きたことはない。


(2016.9.10)

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