紛雪


 学生時代の話だ。
 私は寮から一駅離れたところにある大きな書店に行こうと思い、電車代を浮かせるために歩いていた。都内とはいえ、閑静と言ったら聞こえはいいが要するにひと気のない住宅街を歩いているのは私だけだった。
 ふと気付くと、ぱらぱら、ぱらぱらと音がしていた。空から降ってきた粉雪のように細かくて白い粒が、肩にかけていたナイロンの鞄に当たり、音を立てていたのだ。肌や服にも降りかかってきたそれは、最初見た時は粉雪かと思ったけれども、溶けて消えることはないし粒子状だったので砂のようでもあった。
 私の体や衣服に降りかかったものははっきりと見えたが、地面を見てもアスファルトやコンクリートの上に落ちているものは見えなかった。白い「何か」は確かに降り注いでいたというのに。
 立ち止まり、見上げると、空はきれいに晴れていた。雲は上空にほんの少し浮かんでいる程度で風はなく、鳥や飛行機の影すらもない。その間にも白い「何か」はぱらぱら、さらさらと音を立てて降り続いている。
 五分ほどして降りやんだそれがどこから降ってきたものなのか、全く判らなかった。

 砂降らしとか、砂撒き狸とかいった妖怪がいるけれど、それはこういう現象を妖怪の仕業として名付けたものなのだろうと思った。
 六月のある日、私にだけ見えた紛いものの雪。
 それがたった一度だけ、私の出会った「妖怪」である。


(2013.8.20up)

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