屋根の上

【1】


 私の部屋には天窓がある。我が家は父にとって夢のマイホームであったため、随所に彼のこだわりが現れているのだが、天窓はその一つである。私からしてみれば、冷暖房の効率は悪いし季節を問わず日差しが眩しいし、あまりいいことはないのだが、父の自慢の一つだ。ともあれ隣り合っている私と弟の部屋には天窓がそれぞれ一つずつ付いている。
 この天窓が、こちらから外の様子が見えるだけでなく、外からこちらを見られるものなのだということに気づいたのは、引っ越してきてすぐのことである。
 ベッドに横になってちょっと斜めに目をやると、天窓が見える。私の部屋の天窓は西に面しているので、長いこと西陽や月光が差し込む。月の明るい夜などは、目を閉じていても眩しいほどだ。
 ある日私が眠れないままぼんやりと天窓を眺めていると、鳥や猫とは違う、もっと大きな影がそこに射した。動物が屋根に上って動いている時に聞こえる、瓦に爪が当たる音などはしなかった。
 もちろん影なので、目鼻はおろかそもそも顔があるのかすら判らないはずなのだが、屋根の上にいる『何か』が私を見ている、そう感じた。その『何か』を見定めようと思って私はじっと天窓を見つめていたけれど、いつのまにか影は消えて、気配も感じられなくなってしまった。
 あれは、月の明るい夜だった。私の見たものは、或いは見たと思ったものは、雲の影だったのだろうか。




【2】


 これはまた、別の日のこと。
 夜中にふと目が覚めた。きっかけが何だったのか判らない。朝に目覚める時のように、自然に意識が睡眠から覚醒に引き戻されて、目を開けた。
 天井を見上げると、天窓からはいつものように月の光が白く、細く射し込んでいた。
 けれどしばらく見ているうちに、何かおかしいと気づいた。天窓に切り取られているので月光が柱のように射してくるのは理解できる。けれどそれでも光の量は一定であるはずなのに、一部分だけ妙に白く霞んだようになっている部分があるのだ。雲がかかって、その隙間から光が射すときのようにも見えたが、そうではなかった。
 光の束だと思っていたものは、それと同じくらい白くて透明な、腕だった。
 子供の腕くらいの太さだっただろうか。のっぺりとした白さで、動きは妙にぐんにゃりしていて、関節どころか骨があるのかすら定かでない。右手だったのか左手だったのか、それすらわからない。そんなものが、空中から生えてきたみたいに、窓ガラスに近い方は薄ぼんやりと透明に霞んで、下に――指先に向かうにつれてはっきりと形になって、こちらに伸びてきているのだった。
 窓の上の方に目を凝らしてみたけれど、腕の持ち主らしきものは見当たらなかった。
 腕はしばらく、水槽の中をかき回すようにぐるぐると部屋の中を探り回って、それから月明かりに溶けるように消えてしまった。その間、私は起き上がることもできずにじっと横たわって、腕の動きを見つめていた。
 あの腕がもっと伸びてきて、私に触れていたらどうなっていたのだろう。
 夜に窓を見上げる時、そんな埒もないことをたまに考える。


(2012.8.20up)

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