肩の赤ちゃん



 私がまだほんの幼児、一歳か二歳くらいの頃の話である。父の親友が遊びに来た。東大卒で、ノストラダムスの大予言(当時なんだか流行っていた)を中世フランス語の原文で読めるというたいへん頭のいい人だったが、一人称が「小生」で二人称が「お主」という、ちょっと変わった人でもあった。
 父は彼を名前で呼んでいたけれど、私や弟、母はその口調からついたあだ名――「お主小生さん」と呼んでいた。
 私はお客様に挨拶しなさいということで、母と一緒に小生さんを玄関先で出迎えた。
 私は彼を見るなり尋ねたそうだ。
「おじちゃん、赤ちゃんどうしたの?」
 父は友人たちの中でも結婚が遅い方だったので、私がその頃知っていた父の友人にはたいてい私よりも大きいか、同い年くらいの子供がいるのが当たり前だったから、両親はその中の誰かと間違えたのだろうと思ったらしい。ちなみに小生さんは当時独身で、子供どころか付き合っている女性もいなかった。
 そんなわけで小生さんは苦笑して答えた。
「おじちゃんに子供はいないよ」
「ふうん」
 その返答に、私はまたあっさりとそう返して、奥の部屋に遊びに行ってしまった。記憶には無いが、恐らく弟と遊んでいたのだろう。
 時間はあっという間に過ぎて、小生さんが帰る時になった。またお見送りに出てきた私に、小生さんは何の気なしに尋ねた。
「どうしてさっき、赤ちゃんの事を聞いたの?」
 私はこともなげに答えた。
「だって、おじちゃんの肩に、小さい赤ちゃんが乗ってたから」
 つまり私の「どうしたの」は、赤ちゃんの様子や所在を訊ねているのではなく、なぜそこに赤ちゃんがいるのかを訊ねていたようなのだ。当時の私にとって、それがこの世のものであるか否かはさほど重要なことではなかったらしい。現実の赤ちゃんじゃないなら一緒に遊べないからまあいいや、とでも思ったのだろうか。
 父と小生さんの仲なら、そりゃあ水子の霊か?なんて茶化しておしまいにすることだってできたのだろうけれど、その時の小生さんの顔があまりにも驚いたようで、とてもそんな冗談を言えるような雰囲気ではなかったので、父も母も何も言えなかったそうだ。
 私が両親から聞いたのはここまでで、それで小生さんが何か言ったのか、どうしたのか、私は知らないし覚えていない。
 小生さんには、彼が生まれる前に亡くなったお兄さんがいたのだと、父が教えてもらったのはそれからずっと後のことだ。だから私に赤ちゃんのことを聞かれて、更にはそれが肩にいるなどと言われて、正直ぞっとしたのだそうだ。
 その時以来、私は小生さんに会っていない。
 ところで先日、小生さんは二十数年ぶりに父に電話をしてきた。私のことは、「そういや小さい子供がいたっけ」と弟とごっちゃになっている程度にしか覚えていなかった。幼児に恐い思いをさせられて、何だか申し訳ないなぁと思っていたので、忘れていてくれて何よりだ。
 ところであの赤ちゃんは、今も小生さんの肩に乗っているのだろうか。


2010.11.25

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