重なる世界



 世の中には霊能力者と言うと大げさだが、目に見えないもの――幽霊が見えると自称している人が少なからず存在する。特に中高生(どういうわけか思春期の女性には多い)の頃にはいわゆる「霊感少女」が必ず学年に一人か二人はいたもので、これを今読んでいるあなたの周りにもいなかっただろうか?
 この「見える」と「見えない」の境界とは非常にあいまいなもので、見えない人にはどうやったって見えないし、見える人がその存在を客観的に立証するのは難しい。というか無理だと思う。見えない人には、見える人の言を全面的に信用するか、自分の視覚を信用するかの二択しか選べない。見える人と見えない人との絶対的な隔絶はそこにある。
 中には自分を特別な存在に見せたくて、ありもしないものを見えると称している人もいるのだろうが、そうした人の言葉にはどこかしら嘘くささがにじみ出ている――と私には思える。本当に見えている人は、大げさに騒ぎ立てたりはしないものだ。騒いだところで専門的な技術や能力でも持っていないかぎり向こうの世界に干渉できないし、よほど見境のない悪意や切迫した事情でも抱いていないかぎり、向こうだってこちらに害を及ぼすことはない。
 私が思うに、向こうの世界と私たちの世界は同じ空間に重なり合っている。ただし向こうの風景とこちらの風景は完全に一致しているわけではなく、向こうでは何もない場所にこちらでは建物が建っていたり、こちらでは何もない場所に向こうでは何かがあったり、ということもある。
 でなければ向こうの人たちが物を通り抜けたり、浮いたりする理由が付かない。
 なぜこんな考えを持つに至ったかというと――私は、時々ではあるが説明のつかないものを見ることがあるからだ。
 といっても、私の見え方は世に言う霊感のある人たちとは違うかもしれない。
 私は、ほとんどの場合見た時にはそれがこの世の人なのか、向こうの人なのか判らない。
 後になってから、ああ、あそこには誰もいなかったはずだ――とか、あの人は死んだはずだったっけ――と気づく。
 最たるものが小学一年生の頃に見たおばさんである。
 そのおばさんは、アパートの裏手にある駐車場に面した壁際に立っていた。私が幼稚園に通っていた頃はいなかったのだが、一年ドイツに行っていて帰国したら、いつのまにかいるようになっていた。いつも見えるというのではなく、ふと目をやると時々いる、その程度の頻度であった。
 そんなある日、私は同じアパートに住んでいる、年の近い女の子たちと駐車場で遊んでいた。壁際に一台のバイクが停まっていて、どういう経緯だったかは忘れたが、そのバイクの周りで遊んでいるうちに、壁とバイクの隙間を通れるかどうかを試すということを始めた。何だってそんな馬鹿馬鹿しいことをしたのか、今もって解らない。子供というのは大人の思考では想像もつかないことをやらかすし、訳のわからないことではしゃぐものだから、まあ、その時にはそれが面白かったのだろう。
 壁とバイクの間には充分隙間があり、難なく通れるはずだった。ところが丁度マフラーの前に立った時、誰かが後ろから私の膝を押した。かくりと膝が折れて、停車したばかりで過熱したマフラーに触れ、膝に火傷をしてしまった。ちなみに私の膝小僧には、今もその時にできた火傷の痕が残っている。
 私が火傷したのも、おばさんがよく立っていたのも、私たち一家が日本を離れている間にそのアパートで投身自殺した女性が倒れていた場所であったというのは、後々知ったことである。(どうやらおばさんは、自分の死んだ場所で子供がはしゃいでいるのがお気に召さなかったらしい)
 しかし当時の私はおばさんが何者であるか疑問に思わなかったし、生きている人間と違う雰囲気すら感じなかった。
 もう一つ、これは学生時代の話。
 夏休みに帰省した私は、猫と一緒に昼の散歩をしている時に、向かい隣の家のMさんが自転車に乗って、どこかへ出かけようとするところに出くわした。Mさんの家では、奥さんが近くのショッピングセンターまでバスで行き、Mさんは自転車で行って現地合流して買い物をするのが常だった。
 ああ、今日もお買いものなのね――。と思い、こんにちはと挨拶して行き違ってから、Mさんは去年に亡くなっていたんだと思いだした。その後も時々、彼岸や盆にMさんを見かけたが、三周忌を過ぎてからはぴたりと見なくなってしまった。向こうとは違う世界に行かれたのだろう。
 昼間に出会ったことしかないこともあって、私は最初から相手を知っている場合とか、ありえない所(教室の天井に上半身が埋まってる下半身だけの人が行列して歩いてたら、さすがに判る)にいたり、あからさまな負の感情を放っていたり、こちらに働き掛けてきたり(大抵私にとって嬉しくないことになる)する場合にしか、それが向こうの人だと気づけない。
 そんなわけで、たまに気になるのである。今日すれ違った人たちの何人が、向こうの人だったのだろうか、と。


2010.11.10up

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