もう一人いる


 真っ暗だ いや、真っ暗なのは眼を閉じていたからだ
 そんな事にも気づかないなんておかしいな
 目を開けてみたら血まみれの男が目の前にいる みんな真っ赤だ
まっかだまっかだまっかだまっかだまっかだまっかだまっかだまっかだまっかだまっかだ
 でもどうしてこいつも驚いているんだろう ああそうか これは鏡だ ならここに映っているのは誰だろう
 鏡は自分の姿を映すものだ ならこれは僕なんだ じゃあ僕は何故こんなに血まみれなのだろう それが判らない 判らないから恐くなる 恐くなるとどうしようもない だから叫ぶ 叫べばその分恐怖が出て行ってくれるような気がする
 叫びつづけて周りを見る 指先から足元まで血まみれだ どこもかしこも真っ赤だ 服がべたべた張り付く
 真っ赤
 髪も顔もみんなだ こんなにたくさん血が出たら死んでしまう 死ぬのは恐い
 死ぬのは嫌だ いやだ いやだ いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
 でもどこも痛くない ならこれは誰の血だろう
 何か変なにおいがする さびた鉄みたいなにおいだ 部屋中そのにおいでいっぱいで息が詰まりそうだ このにおいは血のにおいだ 気分が悪くなる まるでここは誰かが殺されたあとみたいだ 歩き出そうとして何かにつまずいてしまった
 床に手をつくとそこもべたべたする ああこれも血なんだ 床の上みんな血まみれなんだ 顔を挙げたらいきなり目が合ってまた悲鳴を上げてしまった お魚みたいに白く濁った目が僕を睨みつけている でも本当はそうじゃない
 もう死んでいるのだ 首が繋がっていないのが僕には判る 斧で叩き切られたのだ 彼がやったのだ いやもしかしたら彼が僕にやらせたのかもしれない どっちでもいい とにかくこれは彼の仕業なのだ
 彼はどこだろう どこにもいない なら僕がやったんだろうか?
 いやそんなの嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ
 僕が眠っているあいだに僕に罪を着せて彼は逃げてしまったんだ ずっと友達だと思っていたのに騙された 騙されてしまった
 誰も信じられない なんてことだ このままだと僕が疑われてしまう だがどうしたらいいのか判らない 恐い恐い恐い恐い 誰か来たようだ 物音がする 足音に聞き覚えがない それにここには父さんと母さんしか居ないはずだ 父さんはいまこうして部屋の隅で頭の中身を出して倒れているのに歩けるはずがない
 誰かが何かを叫んでいる 返事をする気になれない 扉が叩かれている 凄い勢いだ
壊れてしまうかもしれない ここは僕の家なのに誰がいったいこんなことをするんだ ああ鍵が壊れてしまう とうとう開いてしまった
 誰かが叫んだ うるさい声 隣の小母さんみたいだ あいつも彼が殺してくれればよかった ああなんてこと考えてるんだろう どちらにしろ彼はもうここにはいない 僕一人では何もできない
 知らない人が僕の腕を掴んで立たせる これからどうなるのだろう きっと僕がやったと思っているのに違いない
 僕がやったんじゃないということを証明したくても 彼はこれから僕が行くところまでは来ることができないだろう
 来れたとしてもどうして自分が捕まるようなことをするだろう
 ああもうだめだ だめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだ
 もう何も考えられない頭がまっしろだまっしろまっしろまっしろまっしろまっしろ……


 部屋に入るなり、あの男の脳天に斧を叩き込んでやった。手に伝わる感触はあまりいいとは言えない。だが頭蓋骨は簡単すぎるほどあっさりと割れてくれた。思ったより血は出ない。これでは面白くも何ともない。だが手加減せずにやってやったのが効いたのだろう。奴はもうぴくりとも動かない。やや残念な気もするが下手に怪我だけさせて暴れられると手のつけようがない。あの男は昔からそうなのだ。
 それから何をするのと叫ぶあの女の首筋に斧を叩きつけてやった。面白いくらい血が出る。訳のわからない音を立てながら血が吹き出す。僕の身体中に降り注ぐ血は生暖かくて気持ちがいい。僕は大笑いしてやった。
 父親と母親を殺して僕はやっと満足した。こんなに簡単だったならあんな鬱陶しい奴らはもっと早く処理しておくべきだったとつくづく思う。
 奴らを殺したのはあいつということになるのだろう。だから僕はこれから眠りつづければいいのだ。思えば今まで苦労のしどおしだった。あの馬鹿を思うように眠らせられるようになるには相当の手間がかかった。まあ馬鹿である分暗示にかかりやすいしさかしげなことを考えない分楽だったと言えなくはないが。とりあえずもう疲れた。これからは幸せな夢を見ることにしよう。
 どうせ吊るされるのは僕ではなくあいつなのだ。

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