同心円 1


 嫌な夢を見た。滅多にそんな事はないのだが、真夜中に目を覚ました。喉が渇いたので私は水を飲もうと寝床を抜け出した。隣に寝ているはずの妻の姿が見えなかった。廊下に出ると、台所の方から明かりが漏れていたので、妻が起きだしていたのだと判った。
「怜美、何をやってるんだ?」
 台所の硝子戸をがらりと開けると、びっくりしたような顔で妻は振り向き、それから笑った。
「あなたこそどうしたの。夜中に目を覚ますなんて珍しいわね」
「嫌な夢を見たんだ。それで、喉が渇いてしまってね」
「あらまあ。私も同じよ」
 言いながら、怜美は私の湯呑みに水を汲んでくれた。
「はい」
「ありがとう」
 私が水を飲み干すまで、怜美は待っていてくれた。二人で寝室に戻った頃には、さっき見た夢のことなどすっかり忘れていた。何か信じられないようなことが起こる夢だったような気がしたが――。それももうどうでもよくなった。私は目を閉じ、眠りはすぐに訪れた。



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