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花に想う


金盞花
君が金色の眠りを
誰が醒ますことなどできようか?
君が夢さえ美しいならば
僕の現実が如何であろうと構わないじゃないか
君が夢の終わるまで
僕の太陽は廻り続けるのだ


彼岸花
夕焼けが赤いね
胸が痛むほど赤いから
嗚呼、こんな日は
ずっと君だけを想っていよう


真集藍
 その色は決して一つではなく
 時には清かで、或いは柔らかな青
 時には鮮やかで、或いは滲むような紅
 その間には名の付けられぬ色
 空は曇り、風は冷たく雨はそぼ降る
 鈍色の中のその(はなぶさ)
 貴女の心にも似て


石楠花
 恋をしていました。
 恐らく片恋だったでしょう。
 叶わぬことと知っていましたから、叶えようとも思いませんでした。
 或る夏の日のことでした。
 頬に触れる花びらはひいやりとしていて
 微かに震えながら、私の泪を拭ってくれました。
 燃えるような夏でした。
 やがてあの人を運ぶ行列が遠ざかるのを
 鉦の音と、山の向こうへ消えていくのを
 ――空の彼方へ立ちのぼる煙を
 石楠花の蔭から、何時までも見つめていました。


宵待草
 宵待つ君よ
 君は莫迦だ
 ほんとうに莫迦だ
 最早夜も明けるのに
 其処で何を待つと云うのか
 理由はとうに忘れただろうに
 君は未だ待ち続けている
 ただ待つために
 君は待ち続けている



二律背反


私がいなければいいんじゃないか、と君が言った。
私は、そんなことはないと答えた。
でもあの後君はそのことについてとても深く悩んでいるようだった。
そんなに悩むことないじゃないかと誰もが言ったけれども、君がどこまでも物事を追求しなければ済まない性格だということは私も知っていたから何も言えなかった。

「私と君は同じだから同じものは二つも要らない。一つで充分だよ」
「君と私は同じだから二つで一つなんだ。一つだけじゃ意味がない」

どちらが正しいのか私には判らなかったし、今も判らない。
でも君の出した結論はつまり、同じものは二つも要らないということだった。

「私がいなくなれば、君は君だけのものになるんじゃないかと思うんだ」

それで君は私ではなくなってしまって、私も君ではなくなってしまった。
君は知っていたのかな。
私は知っていたんだよ。
同じものだからこそ私たちは同じ場所にいられるのであって、別のものになってしまったらもう二度と共にはいられないってこと。
でもたとえ君が私と正反対のものになってしまっても、やはり二人じゃないと意味がない。
だって私がいるから君がいて、君がいるから私がいるのだ。
何だってそうなのだ。
反対のものがなければ何もかも存在しない。
だから私は私たちが私たちであるために永遠に君と別れることを選ぶ。
そして君を追い落としてあげる。
すなわち君がどんなに求めてもこの光の中に戻れぬように。



ニュースの時間


 あなたの名前を聞くたび、どきどきするわ。
 だって好きなんですもの。
 呼んでるのが赤の他人でも、それがあなたの名前というだけでときめくの。
 前のあたしからじゃ想像もできない。
 こんな気持ちは初めてよ。
 ただ少し残念なのは、
 あなたの声であたしの名前を聞けないこと。
 あなたの目に映るあたしを見られないこと。
 でも、それでも構わないわ。
 あなたはずっとあたしの傍にいるもの。
 私を捨てたり、あたしから逃げたりなんて絶対しない。
 したくたってできないものね。
 あなたの名前を聞くたび、どきどきするわ。
 テレビでも、ラジオでも。
 あたしの名前が出たらと思うとたまらない。
 だって後悔なんかしてないけれど
 そうなったらあなたと別れなきゃならないんですもの。



溺れる


 譬えるならば、私とかれは昏い海に浮かんでいる。
 かれと二人、目の前に在る板切れにしがみついている。
 辛うじて一人を支えるのが限界の板である。
 私とかれは今にも溺れそうである。
 こういう時
 生き延びた方の心には罪の記憶として残るのであろうが
 私がかれを振り切り、かれが死んでも罪にはならない。
 かれが私から板を奪い、私が死んでも同じことである。
 私は、かれを救うために自ら手を離すやもしれない。
 かれが私のために、自らその手を離すやもしれない。
 ならば共に手を離し、溺れてみるのも良い。
 底知れぬ闇の底に――
 ひとはそれを愚かだと云うだろう。
 救いようのない想いだと。
 しかし私とかれにとっては、この恋だけが現実なのだ。



怖いこと


 自分を理解してほしいなどと言う人は、いったい何を考えているのだろう。
 その台詞を聞くたびに私は疑問を感じてしまう。その人は、自分で自分のことを完璧に理解しているのだろうか。そして、その理解を求めている相手のことを理解しているのだろうか。自分が完璧ではないくせに他人にそれを要求するのは筋違いというものだろう。しかも自分に関することだというのに。
 それに、「あの子は大親友で、私のことを何でも理解してくれてるの」とか言ってる人。これも何を考えているのか。自分のことを完璧に理解してもらう、ということはつまり相手が自分にシンクロしているということだ。つまり自分の思考から行動パターンまで全てを相手に読まれているということに他ならない。
 相手はあなたの思考、好み、生活様式を「理解」しているがゆえに、あなたがいつどこで何をし、何を考えているのかまで「理解」できてしまうのだ。そんな奴はまるでさとりの化け物だ。何と恐ろしいことか。
 そんな奴がいたら私は気味が悪くてそいつを殺そうと思うだろう。しかし相手もそれを理解しているのだから、ただでやられるはずがない。恐らく相討ちになってしまうことだろう。
 どちらにしろ、恐ろしい話だ。



2010.10.16〜2011.1.29御礼文
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