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3.過去に降る雪 3


 ディズレリーに促されて入ったのは、心理分析課の左隣に並んだ研究室の一つだった。狭い部屋の中には所狭しとグロテスクな死体の写真と犯人らしい人物の顔写真、地図が貼られていて、二つあるデスクはどちらもファイルと書類、本が山積みになっていた。そこから苦労して椅子を引き出すと、ディズレリーは片方をクレアを勧めて自分も座った。
 クレアはその時になってようやく、アルフレッドが話したがらないものならば聞くべきではないかもしれないと思ったが、今さらディズレリーに断ることもできなかった。彼はもう話す気でいるし、話してもクレアがアルフレッドに害を及ぼすことはないと信用されているということなのだろう。それならば彼の信頼に応えられるよう振る舞う他にない。
「アルフレッドが彼女と出会ったのはヴィゼーの州立大学で、彼女は一つ年上だった。名前はセレスト。写真は見たかな? いかしたナチュラルビューティーで頭も良かった。私とアルは学部が違っていたが、高校は同じでその頃からの友人だった。アルとセレストはテニスクラブで出会って、互いに運命を感じたらしい。一目惚れというやつだな。私に言わせれば、二人のデートときたら中学生以下だったが」
 それが話の前置きだった。
「大学を卒業してからアルは警察官としてフリッシュ県警に入り、私は修士号取得後に心理分析官として広域捜査局ヴィゼー支部に入った。セレストとアルは大学卒業後も遠距離恋愛を続けていた。彼らが結婚すると決めたのはあいつが二十四、セレストが二十五の時。婚姻届を生誕祭に提出して、結婚式は年明けに行う予定になっていたから、二人は独身最後のイブをヴィゼーで一緒に過ごしたんだ」
 十回目の結婚記念日だと言ったアルフレッドの顔を、クレアは思い出した。どこか寂しそうではなかっただろうか。
「生誕祭に結婚なんて気障なこと、やめておけと私は言ったんだ。そうすれば、あんなことにはならなかっただろう。あれは本当に酷い事件だった」
 そう言って、ディズレリーは言葉を切った。
「その日、私は二人が予約していたレストランで待ち伏せして、二人に結婚おめでとうを言ってやった。あの時の二人の様子はよく覚えているよ。セレストの姿を見たのはそれが最後だったから余計にね。アルはダークグレイのスーツに黒いカシミアのコート、セレストは紺のワンピースドレスに白いコート、薄紫のマフラーを巻いてた。二人とも幸せそうに笑ってたよ」
 その日、アルフレッドとセレストは予約していたレストランで夕食を摂った。店を出たのは十二月三十日の午後八時。その二週間前、アルフレッドには広域捜査局への異動とフォリー本部勤務の辞令が降りていて、予定では結婚式が済み次第、セレストと共にフォリーに引っ越すことになっていた。
 レストランを出た二人は、ヴィゼー市のセントラルパークを散歩がてら通り抜けて帰ることにした。夕方から天気が崩れていたが二人で公園内に入った頃には持ち直して雲も消え、うっすらと薄化粧をしたように雪が降り積もっていた。結婚を明日に控えた二人は手をつなぎ、幸せそのものの様子で歩いていた。
 ちょうど公園の真ん中に位置する噴水に差し掛かったところで、突然背中に衝撃と焼けつくような痛みが走り、アルフレッドは声を立てる間もなくその場に倒れた。
「アル! どうしたの?」
 アルフレッドが突然倒れたので、セレストは悲鳴を上げた。だがその声は、犯人と意識を失いかけたアルフレッド以外の誰にも聞かれることはなかった。うつ伏せに倒れたアルフレッドの、コートの背中には小さな穴が空き、そこから血が溢れだしてきたのが、赤く染まりはじめた周囲の雪で判った。何者かに撃たれたのだとセレストが気付いた時には、既に犯人は彼女の背後まで迫っていた。
 犯人のゲイリー・エドワーズは恋人に逃げられたばかりで、自分の不幸を周囲のせいにして理不尽な怒りを持て余していた。彼は恋人との思い出の地であるセントラルパークを通りかかる、彼曰く『浮かれたカップル』を誰であれ殺してやろうと、そこで待ち伏せをしていたのだった。
 セレストもすぐに殺してしまうつもりだったエドワーズだったが、彼女の取り乱した様子に心を惹かれ、その前にいたぶってやろうと考えを変えた。エドワーズは通りがかりの救助者を装って近づき、セレストに逃げられないよう、まず彼女の足を撃った。
 この男がアルフレッドを銃撃した犯人であること、自分もまた狙われているとセレストが悟った時にはもう手遅れだった。至近距離で放たれた二発の銃弾はセレストの右足首の骨を砕き、左大腿部を貫通した。新雪に二人の血が混じり合って流れ、赤い泥となって必死に逃げようと両腕で体を引きずるセレストの衣服を汚した。
 その姿にさらに嗜虐心をそそられたエドワーズはセレストに襲いかかり、彼女の衣服をナイフでずたずたに切り裂いた。痛めつけて殺すのも魅力的な考えだったが、それだけでは物足りないと考えたのだ。
 しかし彼の考えが実行されることはなかった。事に及ぼうとした時、彼は思い切りセレストの上から突き飛ばされ、雪の上に転がった。口や目の中に雪が入り、視界が塞がれる。誰が楽しみの邪魔をしたのかと、再び怒りに駆られたエドワーズの目に映ったのは、腹部を血に染めながらもセレストを助け起こそうとしているアルフレッドの姿だった。
 怒りに駆られたエドワーズは狙いを変え、アルフレッドに飛びかかった。だが深手を負っているにも拘わらずアルフレッドの身のこなしは充分素早く、逆にアルフレッドがエドワーズの動きを制しにかかり、気づくと世界は反転し、彼はナイフを取り上げられそうになっていた。その事を認識した途端、彼の怒りは最高潮に達した。撃った男はすぐに死んでいなければならなかったし、女は自分を楽しませた後で死ななければならないのだ。
 激昂に駆られたエドワーズは腕を振り回し、めちゃくちゃに暴れた。そして振りほどいた手でベルトに挟んでいた拳銃を抜く。それに気づいても、アルフレッドには回避する余裕がなかった。三発の銃弾が撃ち込まれ、この時点ですでに大量出血していたアルフレッドに、抵抗する力はもう残されていなかった。エドワーズは力が抜けた彼の体にナイフを突き立て、更に動かなくなるまで蹴りつけた。
 アルフレッドが全く動かなくなったことを確認すると、エドワーズの怒りは一通り鎮まった。同じように動かなくなっていたセレストも死んだものだと思い込み、銃倉に残っていた一発をセレストに向かって撃った。そうして幾らかの妨害と予想外の事態はあったものの当初の予定通り、カップルを殺したのだと認識すると一転して浮き浮きした気分でスキップしながらその場を離れた。
 彼はその後、同居していた母親が血まみれの衣服に気づいて通報したことから身柄を拘束されたが、セントラルパークでの殺人事件の犯人と判明したのは数日後、年が明けてからのことだった。
 同じようにセントラルパークを抜けようとしたカップルにアルフレッドとセレストが発見され、通報が入ったのは、十二月三十一日の午前十二時過ぎ。生誕祭の当日だった。
 現場となった噴水の周りは悲惨な状況となっていた。アルフレッドが最初に撃たれて倒れた場所には血の水溜りができ、そこから噴水の真下に向かって、セレストが足を引きずりながら逃げた足跡と血痕が残り、エドワーズとアルフレッドが格闘してぐしゃぐしゃになった赤い雪の上で二人が倒れていた。
 前年のアンゼリオ祭にアルフレッドがセレストに贈った白いコートは、紺のワンピースと下着ごと切り裂かれ、ナイフは勢い余って彼女の肌まで傷つけていた。両脚に受けた銃創もひどいものだったが、それでも、最後にエドワーズが彼女に向かって発砲さえしなければ、彼女は助かっていたはずだった。その銃弾は不幸なことにセレストの頭部に当たり、彼女の命を奪ったのだ。即死だったので死ぬ時にそれ以上の苦痛を味わわなかったこと、強姦されなかったことが彼女にとってのせめてもの救いだと考えるより他に慰めはなかった。
 アルフレッドの負った傷も、命こそ取り留めたものの負けず劣らず酷いものだった。犯人に蹴りつけられたせいで肋骨や腕の骨にひびが入り、至る所に打撲傷を負った。銃創は四つで、一つは背後からの盲管銃創、正面からの銃創のうち二つは脾臓と肝臓に当たって止まり、一つは脊髄すれすれの危険な場所を貫通していた。
 ナイフによる刺傷は数十箇所に及んだが、小型のナイフだったことと、すでにセレストを襲ったために切れ味が鈍っていたおかげで、内臓にまで達する傷は五個所だけだった。とはいえ心膜にも傷を負っていたので、 一命を取り留めたものの発見が遅ければ彼もまた死んでいたに違いなかった。
 この事件は『生誕祭の悲劇』と銘打たれて、新年が過ぎてもマスコミの格好の話題となった。結婚を翌日に控えたカップルを突然襲った悲劇。撃たれながらも恋人を救おうとして、今も生死の境をさまよっている男。その勇気も虚しく凶弾に命を落とした女――これほど人々の同情を誘う話題もなかった。
 意識不明の重体に陥り、集中治療室に収容されていたアルフレッドにはそんな世間の動きなど判るはずもなかった。辛うじて命を取り留めた彼が、意識を取り戻したのは一昼夜以上に及んだ手術から十日後のことだった。意識を取り戻したばかりの怪我人には衝撃が強すぎるとして、彼にセレストの死は伝えられなかった。それに、彼女が撃たれる前に意識を失っていたので、彼女が死んだとアルフレッドは想像もしていなかった。その事実を彼が知ったのは、集中治療室をようやく出て、個室に移ってからだった。
 どこでどう、彼の容体を聞きつけたものか、看護者が病室を離れたわずかな隙を狙って、テレビ局の取材スタッフが忍び込んだのだ。その日のニュースには顔中に絆創膏とガーゼを貼られ、全身を包帯で巻かれて点滴のチューブにつながれたアルフレッドの姿がほんの一分もなかったものの、流れることとなった。
 意識が戻ったとはいえ、まだ事情聴取も受けられない状態のアルフレッドに、「事件の真相を徹底究明する」と称した取材目的のもと、リポーターはマイクを突きつけた。そして「婚約者を殺した犯人に、今一番言いたいことは何ですか?」と聞いたのだった。
 アルフレッドがしたことと言えば一つだけ、ナースコールのボタンを握り締めて押し続けることだった。そこで異常に気づいた看護士が慌てて駆け付け、許可なく入り込んだ取材スタッフを追い出した。だが、アルフレッドはリポーターの言葉をはっきりと聞いてしまっていた。
 話題の人となっていたアルフレッドの姿を独占取材したそのニュースは、一時高い視聴率を稼ぎはしたものの、許可なく病室に忍び込んだのが発覚したことや、そのデリカシーのなさに批判が集まり、結局リポーターは責任を取らされて仕事を辞めざるをえなくなったそうだった。
 アルフレッドの傷が癒え、退院できるまでには半年がかかったが、彼はその間に十六回自殺を図った。三回目くらいからは看護士もよくよく注意するようになっていたので、未遂というほどのことにもならなかったが。
 しかしアルフレッドにとっての悲劇はそれだけでは終わらなかった。退院したその日、アルフレッドに付添っていたのは彼の妹のレイチェルだったが、家族はまだマスコミが『生誕祭の悲劇』事件から関心を失っていなかったこと、退院の日を調べて待ち構えていたことを知らなかった。
 そのため、病院を出たところで二人は取材陣に囲まれることとなった。遠慮も容赦もない取材は、やっと少し持ち直していたものの、病室に侵入されてセレストの死を告げられた一件でただでさえ不安定になっていたアルフレッドの精神を今度こそずたずたにした。さらに追い打ちをかけたのが、あるゴシップ誌の記事だった。
 それは、レイチェルがアルフレッドと似ていない妹だったことと、彼に妹がいることをその雑誌の記者が知らなかったことから来た誤解だったが、レイチェルをアルフレッドの新しい恋人だと報じ、それを揶揄する記事が書かれたのだ。記事を知った家族はすぐに訂正記事を載せるように求めたが時すでに遅く、事情を知る由もない人々から匿名のいたずら電話を受けたり、インターネットで中傷されたりといったことが続き、アルフレッドは今度こそ完全に精神を病んでしまった。
 彼は処方されていた痛み止めを全て飲んで死のうとし、それが失敗に終わった後はひどい鬱状態と対人恐怖に陥った。雑誌社を相手取った訴訟には勝ち、アルフレッドはその賠償金で腕のいい精神科医にかかることができた。一年後、診断書のお墨付きでアルフレッドは延期となっていた本部への異動を果たし、知る人も少ないフォリーに移った。
 だが、復調したと思われていたアルフレッドの精神だったが、たった一つだけ、医師も見落としていたことがあった。
 アルフレッドはいまだにセレストが生きているかのように振る舞いつづけている。デスクには彼女の写真を飾り、現在形で彼女の話をする。


「死者の思い出には誰も勝てない、ということだろうかな。一時は女性それ自体があいつにとってのトラウマになっていた。この頃ではそれほどでもなくなったが、八年くらい前までは、女性を隣にして歩くのも嫌がってた。特に雪の降る日にはそれが酷くて、外も歩けないくらいだった。私もアルのカウンセリングを何度もやった。だが心の傷を全て癒すことはできない。あれ以来、アルは私と妻以外の人間にはアルと呼ばせない。セレストもそう呼んでいたから。そしてマスコミ嫌いは君も知っての通りだ」
「私、その事件を知っています……。まだノースアヴェルニアに住んでいましたが、ヴィゼーで起きた悲惨な事件だと、連日報道されて……。でも、まさかフレッドのことだとは思ってもいなかった。それに……セレスト・リースマンはセレスト・シンクレアとは一度も呼ばれなかった」
「届はまだ出されていなかったし、死者とは結婚できないからね」
 ディズレリーは悲しげに言った。
「あんなに愛されて、セレストも幸せなんだろうかと時々思うよ。あいつはいまだに他の女には目もくれない。今も、彼女を思い出させる女性には恐怖を覚えるみたいだ。彼女の好物だったパフェを見るだけで泣き出していたくらいだからな」
 アルミニアでの初日に、自分がチョコレートパフェを注文したことにあれほど驚いた顔をしていたのも、そのせいだったのかとクレアは知った。
 彼女はため息をついた。まさかアルフレッドの抱えているトラウマがそこまで根深く、悲しいものであったとは知らなかった。彼はそんな過去の欠片も見せず、誰にでも笑顔と優しさを向けてくれるのに。あの笑顔の下で、いまだに嘆き苦しんでいるというのか。
 セレストと肩を組んで幸せそうに笑っていた十一年前のアルフレッド。あんな風に屈託なく、彼が心から笑える日はいつか来るのだろうか。そう思うと胸が締め付けられた。
「アルが変わったのはそれだけじゃないな。髪も、昔はもっと色が濃かったのに、退院した頃には今みたいな薄い色になっていたんだ。白髪にならなかっただけよかった……とでも言ってやれれば良かったんだが、もう何も言えなかったよ」
 ディズレリーは足を組み、椅子の背もたれに体重を預けた。
「でも、あれほど全国的に報道されていたのに、事件のことを知っている人は少ないんですね。ボウマン課長から、ほのめかされることもありませんでしたし。確かに十一年も前の事ですけれど」
「上も事情を知っているからね、できるかぎり触れないようにしているんだ。優秀な捜査官が一人、肉体的にも精神的に殺されかけたんだからね。慎重にならざるをえないだろう。君も、もう一度言っておくが、この事を知ったとアルが気づくようなそぶりを見せないように気をつけてくれ」
「わかりました。貴重なお話をしていただけて感謝しています、ドクター・ディズレリー。またスローターマンの情報が入り次第、こちらに伺います」
 クレアは用は終わったとばかりに立ちあがり、ぺこりと頭を下げた。別にディズレリーに大して悪感情があったわけではなく、ただ単に、機会を逸すると再び興味のない世間話に延々と付き合わされるのではないかと危惧したからだ。実際、彼女の女の勘は正しかったようだ。
「今度また、二人でゆっくり話をしたいものだね」
 ディズレリーは引き止めることはせず残念そうに言い、立ち上がって彼女のためにドアを開けてやった。もちろん彼の誘いに応じる気はなかったので、クレアはにっこりと微笑んで釘を刺しておいた。
「ええ。三人で事件のことでも話し合いましょう、ドクター」
 その日の間に、プロファイリング課ではクレア・フィッツジェラルド捜査官はディズレリーをすげなくあしらった「氷の女王」として有名になった。クレアがそのことを知るのは、新年が明けてからである。
 オフィスに戻ると、アルフレッドも戻ってきていた。昨日の疲れの名残はもう見えない。彼が自分に気づいたので、クレアは愛想よく微笑んだ。
「ドクター・ディズレリーに会ってきたわ。彼との話し合いで色々と判ったことがあるの。後で話すわ。……ドクター・ディズレリーはあなたの言うとおり面白い人ね。あれって口説いてるつもりだったのかしら」
「君を口説いただって? それはいけないな。レイチェルに注進しておかないと」
 アルフレッドは苦笑した。
「レイチェル?」
 さっきディズレリーに聞いた、アルフレッドの妹の名と同じだと気づく前に、その疑問にアルフレッドが答えてくれた。
「ディズレリーの奥さんだよ。レイチェル・ディズレリー。旧姓はシンクレア。つまり僕の妹なんだが」
 予想通りの言葉だった。
「検死局に頼んだ骨の鑑定と、ラボに依頼した付着物の分析の経過を聞いてきた。両方とも、早ければ今日中、遅くとも三日以内に結果が出るそうだ。これから長期出張の申請をしてくるよ」
「なら私は、過去の類似事件の調査をしておくわ」
 オフィスを出ていきかけて、アルフレッドはふと思いついたように言った。
「それが終わったら昼ご飯を食べに行こう。ディズレリーの涙が出るほどありがたいプロファイリングも聞きたい」
「じゃあ終わり次第、ここで待ち合わせにしましょう」
「オーケイ」
 アルフレッドが出ていってから、クレアは深い息をついた。前任のターナーが使っていた、今は彼女のものとなったデスクに向かい、待機状態になっていたデスクトップを起動させた。名前と身分証明書番号を打ち込んで広域捜査局のデータベースの一つにアクセスし、過去の犯罪データを開く。
 まず、キーワード『皮膚』だけで検索を掛ける。幾つかの事件が表示される。犯人の傾向や行動パターン、事件の発生場所、概要。どれもがばらばらだ。『人肉食』と『墓荒らし』というキーワードをさらに追加し、年代も過去三十年に限定して再検索する。
 キーボードを叩き時々マウスをいじりながら、クレアは画面を瞬きもほとんどせずに見つめていた。その様子を誰かが見ていたら、食い入るように見ている、と表現したかもしれない。それほど彼女はデータを見るのに集中していた。
 急に彼女の指が止まった。
 表示されているのは、二十年前の事件ファイルだった。クレアはそのファイルナンバーにそっと震える指を這わせた。喉を押さえながら、クレアはそのファイルを開いた。
「やっぱり……似ているわ……」
 ひっそりとしたオフィスの中に、クレアの叩くキーボードの音だけが響いている。窓の外ではまた、雪が降り始めていた。


(2013.3.30up)

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