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3.過去に降る雪 1

 日付が変わり深夜を過ぎた頃、雪が降り出した。眠ることのない町のネオンサインに照らされて、細かな羽根のような雪は音もなく降り続けていた。通りを行き交う人々は誰もがコートの襟を立てて、白い息を細く吐き出しながら足早に歩いていく。その行き先は温かな我が家か、それとも仕事場か。それを推し量るすべはない。
 二十四時間営業のカフェテリアの奥まった席に、男女の二人連れが座っていた。二人ともサービスで出された水のコップだけを前にして、窓の下の通りを眺めている。昼間の喧騒とは違い、夜更けの町は人通りも少ない。
 女は金色まじりの薄茶のナチュラルウェーブがかかった髪に、冷たい緑色の瞳を持っている。まだ若く、顔立ちは悪くないがいくぶん疲れた様子だった。二重瞼で鼻筋は通っていて、化粧映えのしそうな整った顔だ。全体的にほっそりとした体つきで、水色のスーツをきっちりと着こみ、椅子には黒のロングコートが掛けられていた。
 男は女より一回りほど年上のようだった。薄いアッシュブロンドの髪を短く刈り込み、着ているダークスーツと同じようにぴしっと整えている。背筋も真っ直ぐ伸ばしている。それは二人に共通していたが。男の瞳は澄んだブルーグレイ。やや面長の顔は精悍に引き締まっていて、甘さはないがハンサムだと言ってもいいくらいだ。そして彼も、黒のトレンチコートを椅子の背もたれにかけて、疲れたようにぼんやりとしていた。
 本人たちの自覚はともかく、その美男美女といえなくもない二人連れが、すでにまばらになった店内の人目を引いていることは確かだった。
「何か食べないと」
 クレアが呟いた。アルフレッドはうんざりしたような顔をした。
「君は何か食べられるのか?」
 その言葉に共通の意思を感じ取って、クレアは遠慮なく首を横に振った。やっぱり、と言いたげにアルフレッドは頬杖をついた。フォリーに戻り、本部から出てとりあえず入ったカフェで二人はもう小一時間ほどそうして時を過ごしていた。
「お腹は空いているのよ」
 言い訳のようにクレアは言った。
「ただ、体が受け付けそうにもないわ」
 心もとなさそうに言う様子は、キャサリン・マクドナルドの検死の後で、平気で肉料理を平らげた女とは全く別人のようだった。しかしどんなベテランであっても、今日の昼から二人が見てきたものを同じように見た後では食欲を失ったに違いない。アルフレッドは腐乱死体なら今まで何度も見てきた。十年のキャリアという自負もある。だが今回ばかりはすっかり疲弊していた。普段なら数ヵ月に一度、一つか二つで済むものを、一日で十近くも見たのだから無理もないところであった。
「長期出張の申請を出したら、とんぼ返りだ」
「もう一度あんなことがあるとは思いたくないけれど、あれ以上にひどいことがないように祈りたいわ」
「ああ。沢山だよ。あんなのはくだらないホラー映画の中だけで充分だ」
 アルフレッドは吐き捨てるように言った。そして数秒後、自分の言葉のせいでまた思い出したくない光景を思い出してしまった。空っぽの胃にはもう戻すものなどなにもない。吐き気と戦いながら彼は、実際に死体に触れて、検死にも全て立ち会ったクレアの方がよほど自分よりも大変だったのではないかとやっと思いはじめていた。
 フォークリバー市共同墓地での発掘作業はある意味では成功だった。ここ一年の間に埋葬された墓のうち、四つが墓荒らしの被害に遭っていた。棺はどれも蓋を叩き割られるか引き剥がされるかして破壊され、破壊に使った際に折れたとみられるバールがその内の一つから見つかった。棺の状態だけならまだ良かったのだが、その中身ときたら惨憺たるものだった。一応は立ち会いが必要だからとそこにいた管理担当の市職員は腐乱死体を見たこともなかったためその場で危うく失神しかけ、二つ目の墓でとうとう撤退せざるをえなくなった。
 被害者たちの全身にべっとりと付いた土などの付着物の一部は詳しく分析するためにアルフレッドとクレアが一度フォリーに持ち帰ることになった。それらのサンプルを持ち帰り、本部の研究所に届けてきたばかりだ。棺の中身であるはずの死体のうち、最初に被害が確認された女性の棺の中には折れたバールだけが残されていて、肝心の死体は影も形もなくなっていた。つまり残された三つの死体を検死したのだ。
 二人目の被害者と思われる女性は頭と、足と背中の上皮組織がごっそり無くなっていた。
 彼女――リサ・クロッグは交通事故で亡くなっており、その際に検死を行ったリチャードソンの記録によれば、リサは道路を横断中に車に撥ねられ、脳挫傷で死んだとのことだった。事故死だったため行政解剖が行われ、その切開痕が胸部には残っていた。そのため犯人は利用価値のない胸部と腹部の皮膚を諦め、足と背中の皮を剥ぎ取り、記念の首を持ち帰ったと思われる。
 オルファルでは埋葬前に防腐処置を施すのが一般的なので、リサが亡くなったのは四か月前だったとはいえ腐敗進行度はごくわずかであったが、犯人が棺の蓋を壊して埋め戻したために土が彼女の体を覆い、結果として腐敗を早める結果となったのは否めなかった。
「あのバールはヘンリー&サムで売ってるやつに違いない。うちにも同じものがある。何とかその線から追えないかな」
「バール程度なら誰だって持っているでしょう。一家に一本あったっておかしくない代物です」
「そこだよ、シンクレア捜査官」
 リドルはため息をついた。
「さっきヘンリー&サムに部下をやって、四か月前から今までにバールを買った人間がいないか調べさせた。結果は二十七件。ちなみにシャベルを買ったのは八十四人」
「買った人の名前は判りますか?」
「無理だよ。お得意はツケで払うから控えてあるらしいが、それ以外の客は記録に残ってない。防犯カメラもない店だしね。第一、全国に流通してるバールだ、あそこで買ったものとも限らない。そうなるともっと人数が多くなる」
「どちらにせよ、バール一本で引っ張るわけにはいきませんからね」
「そういうことだ」
 リドルは心底残念だというような渋面を作った。二人がそうして喋っている間に、クレアはリチャードソンの検死を助手よろしく手伝っていた。判ったことといえば、リサの首は殺された被害者と同じように鋸らしい刃物で切れ目を入れてから折り取られたものであること、足の皮を剥いだ道具は刃渡りのかなり長い刃物だということだった。皮を剥いだ道具の手掛かりが得られたのは重要だった。今まで見つかった死体からは、皮を剥いだ跡は見つかっていなかったからだ。
「皮膚の付着物を調べたいんですが、ブラックライトはありますか」
 クレアが言うと、リチャードソンは目当てのものを持ってきてくれた。表面に付いた微かな指紋や繊維、目に見えない鬱血痕などを浮き上がらせることができる。しかしこの場合、指紋はすでに消えてしまっているだろう。解剖室の中は冷え切っていたが、二人の顔には汗がうっすらと滲んでいた。
「……下腹部に、何かが付着した跡がありますね」
 リチャードソンの言葉に、クレアも身を屈めてそこを見た。腐敗が進んではいたものの、フォークリバー墓地の土には微生物が少なかったらしく、皮膚はまだ辛うじて残っていた。ブラックライトに照らされたリサの性器の辺りに、飛沫状の痕跡が微かに認められた。
「これを分析にかけられるかしら」
「かなり分解が進んでいるから、皮膚上のものは無理でしょう。が……おそらく、犯人の精液だと思います」
「私もそう思いますね」
「ネクロフィリアか?」
 アルフレッドは思わずクレアに声をかけた。
「何だい、そのネクロなんとかって」
 リドルが首を傾げた。医師のリチャードソンはさすがに意味を知っていたが、アルフレッドはリドルに説明をしなければならなかった。
「簡単に言ってしまえば、つまり死体に欲情する性癖ということです」
「変態だな」
 尤もなことをリドルは言った。
「腐敗の進行状況から見て、犯人が彼女の皮膚を剥いだのは埋葬後すぐだと思われるわ。生前の写真を見る限り、彼女は魅力的な女性だったようだし、そうでなくてもこっそりと何かをする――犯罪を行うというのは刺激的なことよ。多分犯人はリサの皮膚を剥いでいる最中に興奮して、その場で射精したのだと思う。内臓の腐敗が思ったより進んでいるから、死姦したのかどうかまではわからないけれど」
「この痕跡を見る限り、犯人は射精した後にそれを拭きとることもせず、そのまま皮膚を剥いだんでしょう」
 リチャードソンが付け加えた。ちらりとアルフレッドがリドルの方を窺うと、難しそうな顔をしていた。この中で唯一の若い女性であるクレアが何の臆面も衒いもなく射精だとか興奮だとか言うことに微かな反発を抱いているようだった。
 リサの解剖を済ませ、本来の助手が彼女の死体を保存ケースに戻し、次の死体を運んできた。リサの死から一週間後に、窓の修理中に梯子から落ち、頚椎骨折で死んだトニー・マックリーという三十代の男性だった。こちらの状態はリサよりも酷かった。半分ミイラ化した腐敗の進行はほぼ変わらなかったのだが、上半身の皮膚を全て剥かれていたのだ。手足は無事だったが、彼もやはり頭を切り取られていた。
「見て下さい、ドクター。背中に浅い裂傷があります」
 クレアは土を洗って除いたその部分を拡大鏡でよく観察した。首の付け根から臀部にかけて、真っ直ぐに一筋の切り傷がついている。墜落死した彼にそんな傷ができるとは思えないので、犯人が付けたもので間違いないだろう。さらに調べると、腰回りにも同様の傷がぐるりと付けられ、皮膚を剥ぎとられた際の部分には全て浅い切り込みが入っていることが判った。
「切れ目を入れて、そこから剥いだんですね」
 リチャードソンがクレアの考えを言い当てた。クレアは頷き、さらに皮膚を剥いだ跡をじっくりと見た。スローターマンは皮膚を剥ぎやすいように、剥ぐと決めた部分を囲むように切り込みを入れ、トニーの頭を手前に右から刃を入れていった。皮下組織と筋肉の削れ具合からそれが判った。
 しかも犯人は、後処理が面倒だろうに皮膚だけを剥いていくことをせず、林檎の皮をむくように皮下脂肪、時には筋肉ごと皮膚を切り取っていた。恐らく、皮だけを剥ぎ取ろうとして引っ張ればちぎれてしまうからだろう。その証拠に、リサの足には剥ごうとしてちぎれた皮膚の断片が残されていた。犯人は学習し、より上手いやり方を見つけている。
 次にクレアは切断された頚椎を見た。骨はやはり鋸歯状の刃物で切断されている。だが不思議なことに気づいた。
「ドクター」
 クレアは切断面から目を離さずに、リチャードソンを呼んだ。
「この切断面は、折られていません」
「何だって」
 リチャードソンもクレアの隣で切断面を覗きこむ。今までの被害者は項から歯を入れて頚椎を半ばまで切り、そこで骨をへし折り、残りの肉を包丁のようなもので切り取るという手口で頭を切り取られていた。しかしトニーの首は折られず、丸太のように最後まで挽き斬られていた。
「犯人にとって、首の骨を折りとるのはそれほど難しいことではないはずです。なのにどうしてマックリーだけは折られなかったんでしょう」
「手に力が入らなかったのかもしれない。怪我をしていたとかで」
「なら、この近辺の医者に、彼が死亡した八月ごろに腕の怪我で受診した患者がいないかどうか調べないと」
「ただ単にこの時奴は折るのが面倒だったってことはないのか、マイク?」
 リドルの問いかけで、アルフレッドはリチャードソンの名前を知った。マイクは愛称で、マイケルなのかもしれないが。リチャードソンはさあ、というように両手を広げた。
「折るよりも、完全に切れるまで鋸を使う方が面倒だと思うが。それに、そうだとすると今までの被害者が全員骨を折られていることとつじつまが合わなくなる。折ることができなかった理由があったと考える方が妥当だ」
 二人の会話を聞きながら、クレアは骨に食い込んでいた金属片を見つけた。
 犯人が首の骨を折りとった理由は判る。人体を解体するというのは大変な作業だ。脂肪や血液で刃がべとつくばかりか、骨に当たればすぐに使い物にならなくなる。だから、切断面の美しさにこだわらなければ、硬い骨を全て切るよりも折った方が楽なのだ。
 金属片をピンセットで慎重に抜き取り、ケースの中に収めた。これも大きな手掛かりとなるだろう。殺した被害者を捨てる時にはそれなりの慎重さがあったのだろうが、墓を荒らした時は全く無頓着だったようだ。だいたい、誰が一度埋めた死体を掘り出して無事を確かめたりするだろう。だから犯行に使ったが折れてしまったバールを持ち帰らず、棺と共に埋めてしまったのだ。
 最後の被害者、パット・ドーソンに関しては新たな証拠や新発見はなかった。病死した彼女はトニーと同様の方法で背中の皮膚を剥ぎとられ、頭を切り取られた。その方法は棺を壊したと思われる手斧で叩き斬るというものだった。この理由は簡単に判る。いつも使っている鋸とバールの二種類を持っていくよりも、手斧で棺を壊してこれで解体もしてしまった方が荷物が少なくて済んだからに違いない。
 パットが死んだのは、ヴァージニアが失踪する直前だった。犯人は死体の解体では飽き足らなくなり、とうとうヴァージニアを殺害することにしたのだ。墓を荒らし、死者を冒涜する行為にも許し難いものがあるが、クレアはそれよりも命を暴力で奪い取ることのほうが許せなかった。
 三件の検死を終えて、詳しい分析を必要とするものをまとめたり、必要書類を整えたりといった雑事が終わったのは、飛行機に間に合うぎりぎりの時間だった。法定速度など無視してアルフレッドは車を飛ばし、駆け込みに近い状態で飛行機に乗り込んだ。そして今、二人はフォリーのカフェにいるのだった。
「君はこれからどうする」
「帰って寝るわ」
 クレアは即座に答えた。
「明日一番に、付着物の分析結果が出ているかどうか聞きに行って、検死局で骨の断面を調べてもらう。それからフォークリバーへの長期出張の手続きを取って、その準備をして、ディズレリーに話を聞いて……」
「ディズレリーって?」
「フレデリクス・ディズレリー。僕の高校時代からの友人で、広域捜査局の心理分析官。もしかしたら君の上司になっていたかもしれない男だよ。ターナーと僕が組んでいた時からずっと、僕の担当する事件のプロファイリングをやってくれている」
「じゃあ、私のことはまだ知らないかしら」
「僕のパートナーが変わったことは知っていると思うけどね。挨拶がてらに君が彼に会ってくれないか? その間に僕は手続き関係をやっておく」
「いいわ。そうしましょう」
「すみませんがお客様、ご注文をいただけないのなら別の場所でお話をして下さい」
「ああ、ごめん」
 いつまでも注文を出さない二人にだいぶ苛立った様子のウェイトレスに、アルフレッドはようやくコーヒーを頼んだ。クレアはしばらくためらった後で、チョコレートシロップを注文した。一昨日のパフェといい、今回のチョコレートシロップといい、彼女はどうやら大の甘党のようだ。
「明日の朝食はきちんと食べないとな」
「文字通り、断食破りね」
「最近の警察学校じゃあ、ユーモアセンスは教えないらしいな。そのジョークは今まで聞いた中でも最低の部類に入るぞ」
「残念ながら教官のレベルが下がったのね、それは」
 クレアが初めて冗談らしいことを言ったので、アルフレッドは内心で驚いていた。
(女は化けるっていうのは本当だな。三日前のよそよそしさはどこに消えたんだ)
 どうやら最初に会った時のあの堅苦しい態度は自分を警戒し、出方を窺っていたものだったらしいと気づいて、アルフレッドは少々面白くない気分になった。どんな理由であれ自分をこっそり評価されるとか、探られるというのが嫌いだったので。
 もちろんクレアに悪気があってそうしたわけではないのは判るし、男性社会であるこの組織の中で、女性であるというだけで彼女が苦労してきたことも多いだろう。そういった無意識のバリアと男性に対する不信は少なからぬ女性職員にあるものだ。
「どうぞ」
 ウェイトレスのがさついた声と共に、コーヒーカップとチョコレートシロップの入ったマグカップが乱暴に置かれた。あまり雑だったから、コーヒーがふちから零れてしまったくらいだ。二人が水一杯で話しこんでいたのがよほど癇に障ったらしい。口に入れなくても注文くらいしておくべきだったとアルフレッドは後悔した。
「それじゃ、明日君がディズレリーに会ってくれ。プロファイリング課のオフィスにいつも詰めてるはずだから、彼を呼べと言えばすぐ出てくる。そうしたら後は君に任せるよ。話していて退屈する奴じゃないってことは保証する」
 ホットとは名ばかりにぬるくて薄いコーヒーを一口すすってみて、アルフレッドは顔をしかめた。
「なんて代物だ」
 クレアのチョコレートシロップには大したクレームはつかなかった。もっとも、彼女が文句を言うのを差し控えていたから、という見方もできなくはなかった。アルフレッドは辟易してしまって、一口でそのコーヒーを飲むのをやめてしまった。クレアは最後の一口まで飲み終わり、ハンカチで口元を押さえた。
 会計を済ませて外に出た時、既に通りは一面に雪が降り積もっていた。人通りも少なかったので、雪はほとんど踏み荒らされていなかった。それに足跡を付けてしまうのがもったいないような気がしたのだが、二人は二センチほど積もった雪に足を踏み入れた。アンクレット型の浅いパンプスを履いているクレアの足は雪に濡れていた。
 クレアは顔には何の痛痒も感じていないように振る舞っていたが、靴の中が濡れたまま立っていると、切られるような痛みを感じることをアルフレッドは知っていた。自分は防水加工されたウォーキングブーツなので、これぐらいの雪なら大丈夫だが、クレアをそう長い間歩かせるのは心配だった。
 アルフレッドが手を挙げると、タクシーが二人の前に停まった。どちらから乗るのかとためらっているクレアを押し込むように乗せる。車内に首を突っ込んで、ほとんど怒っているような声で言った。
「明日はレインブーツを履いてきた方がいいぞ」
 それからばたんとドアを閉めた。クレアが行き先を告げたらしく、タクシーはすぐに動き出した。またタクシーがつかまるまで、アルフレッドはかれこれ十分ほど雪の中に立っていなければならなかった。
 ようやっと乗ることができたタクシーで自宅に戻り、ドアを開けると、溜まった郵便物と冷え切った空気が足元に触れた。新聞と幾つかの郵便物をダイニングテーブルに運び、アルフレッドはまずバッグから出した写真をいつものサイドテーブルの上に戻した。
 新聞には後で目を通しておくことにして、手紙類の送り主を確認した。厚い封書が一つ。これは仕事で話をした被害者の知人からだった。内容は相談に乗り、精神的なサポートをしてくれる自助グループを紹介してくれたことに対する礼だった。薄い封書は両親から。新年くらい戻ってこいということと、それとなく付き合っている女性はいないのかと尋ねるようなことが書かれていた。
「いいかげんにしてくれよ……」
 思わず呟いて、アルフレッドはそれを引き出しの中に放り込んだ。被害者の知人の方には後で確認の手紙を返信しておくことにした。自分が特別に何かをしたという自覚はないのだが、一つの事件があって十人の関係者に話をすると、その中の一人、二人はアルフレッドに感謝の気持ちを伝えたり、こうして手紙を送って寄こす。もう何年もアンゼリオ祭のカードをやりとりしている相手もいた。
 自分がかすかに震えていることに気づいて、アルフレッドは暖房のスイッチを入れた。部屋が暖まるまでの間、バスタブに熱い湯を張って体を沈めた。冷え切った体に温かさが浸み透っていくのが心地よくて、彼は目を閉じた。


(2013.1.30up)

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