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「アルドゥイン――!」
 ふりしぼるようにトティラが叫んだ。
「やはり――とは……? 気づいていた……とは?」
「ルカディウスはランとともにサナアに戻り、血気にはやるアインデッドのみがゼア攻略のために俺と同行した」
 アルドゥインは手短に説明した。
「それは実を言うと俺のたくらみだった。俺はルカディウスにアインデッドとは同行してほしくなかった――アインデッドを必要以上にあの男は駆り立てようとする。最初からペルジアを食い荒らしてこの時とばかりにアインデッドの力とおのれの力とをゼーアにのばすたくらみがあると俺には感じられていたから。
 それゆえ俺はなんとしてでもゼアからヒダーバード、そしてイズラルへと延びてくるはずの最前線にルカディウスを置きたくなかった。和平ほど彼の望んでいないものはない――彼が望んでいるのはむしろペルジアの壊滅であり、ペルジアをエトルリアと共同して平らげた後には、エトルリアに取り掛かるつもりだということが俺には手に取るように感じられた。だが俺はそのラトキアの野望――というよりもルカディウスの野望と言った方がいいかもしれないが、それにメビウスが利用されて片棒を担ぐかたちになるのは真っ平だった」
「……」
「それはアインデッドも同じだった。彼はナーディル公子を死なせたくない、できれば戦いたくないと――それが避けられないならばせめて全面衝突だけは避けたいと言っていたし、俺もその心情は理解していた。だからルカディウスをサナアに遠ざけておいて、その間にゼアを落とし、そしてラトキア‐メビウス連合軍というかたちでイズラル入りさせるつもりだった。
 イズラルで首都決戦が行われたあかつきにはペルジアはほぼ回復不可能といっていいほどの大打撃を受けるだろう。恐らく誰かがこの情勢を見極めて彼の申し出を受けてくれるだろうと――。事実そのとおりになったが、俺が案じていたのはヒダーバードに手間がかかりすぎてアインデッドがイズラルに先走ってしまう事と、もう一つはルカディウスにアインデッドが実は対イズラルの総力戦を行う気がなくなっているということを見抜かれることだった」
「……」
「ルカディウスはどうしてもイズラル攻防戦に起こってもらわねば困る。アインデッドは今回の遠征ではまださほど手柄を立てていないから。エルザーレンではエトルリアが介入したし、ゼアはメビウス軍がお膳立てした、ということになると戦果としては充分あがっていても、アインデッド個人としてはまださほどめざましい戦いぶりを見せていないことになる。
 それをルカディウスはイズラルへの先陣を切ることで一気に――とたくらんでいるだろう。それもあって俺はルカディウスがイズラルに近づいてくるまでにけりをつけさせたかった。だがルカディウスは今回は俺よりも一枚上手だったらしい。
 ルカディウスはサナアを見捨てて単身アインデッドと合流し、彼がイズラルと和平交渉に入ろうとしていることを予想しつつそれをぶち壊して総決戦に持ち込むために一気にきっかけの火点けに入ったということ。ルカディウスが単身でサナアを出てまでイズラル攻めを取ると予想できなかったのは俺の不覚だった」
「アルドゥイン」
 トティラはアルドゥインの詫びになど、気を留めるどころではないようだった。
「では、全ては無駄になったのか? もう全て決裂か――おぬしの手では連合軍は止められず、わしの手ではリール公女を引きとめられない。とすれば、イズラルは炎上し、ペルジアは地上から殲滅されるよりほかないということか?――ヤナスよ!」
「いや、まだヤナスにすがるしか残されていないわけでもないだろう」
 アルドゥインは言った。その声はなおも落ち着きを失っていなかった。
「五千対三万と言ったか。場所もイズラル市内に近い。とすれば地の利はあり、数も圧倒的に多く、リール公女が有利には違いないだろう。いかにアインデッドが勇猛であり、ルカディウスが兵法に長けているとしたところで六倍の兵――当然彼らは後から来る残りのラトキア‐エトルリア軍を当てにしているし、やむを得ずメビウス軍が参戦するとも読んでいるから、とりあえずそのままの状態を保たせよう。伝令、紙」
「は!」
「それからランに密書を」
「はいっ!」
「ランはどうせ何も判ってはいまい。ルカディウスが抜け駆けを目論んでいると伝えてやればいい」
 いささかそっけなく、アルドゥインは言った。
「さらに、我が軍はただちに陣を引き払い、イズラル市中に進軍する準備をせよ。――トティラ将軍はイズラルにお戻りあれ。お体に差し支えなくばただちに碧玉宮に戻られ、アダブル大公ほかの重臣がたに連合軍との和平の成立したところにアインデッドの――いや、ルカディウスの焦慮によってこの衝突となったとありのままに伝えられよ。リール公女へは俺が直接対面しよう。うまくゆけば他の軍を押さえ、アインデッド隊を市中で孤立させられるかもしれない」
「アルドゥイン」
 トティラは震える手を差し出した。
「頼んだぞ。もうおぬしだけが頼りなのだ」
「ご心配されるな。お体によろしからぬ」
 アルドゥインはあくまでも、落ち着いていた。
「そのかわり、大公にこれだけはしっかとお伝え願いたい。我々もアインデッドを孤立させて戦いを止めさせる方向に持っていくつもりだが、これを誤解されて他の隊も合流し、アインデッド隊がかりそめにも全滅の憂き目を見るようなことがあれば我々の立場もない。我々も直ちにペルジア軍に挑みかかるよりほか処置のしようがなくなる。あるいは六倍といえども勇猛をもってなるラトキア兵のこと、リール公女軍が危ういようなことはあるかもしれぬが、くれぐれも援軍は出されぬよう。ここで総力を挙げての衝突になればまず、いかに我々が努力しようと戦いを中断させる事は不可能になる」
「よく、わかっている」
 トティラは緊張した声で応えた。
「誓って、このトティラ、最後のご奉公にペルジアを救わねばならん。リール公女については任せた。アインデッドとルカディウスを頼む」
「心得た」
 アルドゥインはもう何も言うことはないとばかり、ひらりとマントをひるがえして立ち上がると、このような危急の際のこと、別れの言葉一つ告げなかった。
「馬」
「はっ!」
 たちまち、ロザリアが引き出される。騎乗するや、アルドゥイン以下の一隊はヒダーバードの本陣に駆け戻っていった。トティラ将軍の軍使が現れたということで、いったいどのような展開になったのかと気にかけているらしく、そわそわとした雰囲気が全体を包んでいる。
「我が軍は」
 戻るなり、アルドゥインは天幕の前で待っていたヤシャルに訊ねた。
「すでに整列し、ご命令をお待ちいたしております」
「第二隊、第三隊護衛せよ。第四隊は援護、第五隊はリュアミル殿下の安全を第一とし、追って伝令のあるまでヒダーバードを離れるな。ブランベギン騎士団ならびにブレトン傭兵団もこの場に残れ。赤騎士団にはまだ本隊からの伝令は来ていないはず――できる限り、この場に足止めせよ」
「はっ!」
 次々に出される命令に、引きも切らず兵士たちが駆け去っていく。
「報告! 報告!」
「何だ」
「アインデッド軍とリール軍の衝突は市中にその舞台を移しつつあります。リール軍は緒戦でアインデッド将軍の旗本隊にかなり激しく切りたてられ、その人数の圧倒的な多さにもかかわらずやや戦意を喪失して、おのが地理を知り尽くしている市中であればもっと有利に戦えるのではないかと考えて一旦退いたものと思われます」
「アインデッドは?」
「一方アインデッド軍はこの後退を幸先よしとして、市中に進軍いたしました。イズラルの西はずれ付近の路上、農地、市街を舞台として激烈な白兵戦が展開されている最中であります」
「よし」
 アルドゥインは馬にうちまたがり、マントをひるがえし、采配を打ち振った。
「後れを取るな。我らも市中に突入するぞ。ただしリール軍とは極力ぶつからぬようにせよ。目的はリール公女との面談だ。アインデッドはどのみち抑えても抑えきれない。リール公女に兵をひかせるのだ。場合によってはリール公女を人質にとる」
「うへえっ」
 このような際であったが、セリュンジェは思わず声を上げずにはいられなかった。だがアルドゥインの方は大真面目である。
「当然のことながらたとえ誤解されて矢を射掛けられても、切りかかられても、アインデッドの軍とはことを構えてはならない。ラトキア軍の兵がもしも切りかかってきたら、ただちにその場を捨てて逃げ出せ。目指すはリール軍の本隊のみだ。行くぞ」
「おう!」
 たちまち――。
 流れるように、白い鎧に身をかためた騎士たちは進軍を開始する。アルドゥインはその先頭に立ち、もうまっしぐらに街道に駆け上がっていた。
「イズラル!」
 その巨躯からよく響きわたる大声で、アルドゥインは叫んだ。


2011.1.30

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