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「彼らがしたことは、まずこちらから下手に出て、ファラジのもとに使いを差し向けることでした。
 彼はごく下手に出て、ソーチを殺したことなどおくびにも出さず、新しい頭目として、ファラジと義兄弟の契りを結びたい、と持ちかけました。ファラジも噂を聞いて、あのソーチをそうまで簡単に平らげたのはどういう男かと興味をかきたてられていたところです。一も二もなく会見に応じました。
 さすがにアインデッドはファラジの本拠地サナリアに乗り込もうとはしませんでした。といって、彼をルーハルに呼びつけるというような馬鹿げたことはしません。彼は会見の場所として、サナリアとルーハルの間で、適度にサナリア寄りの、山間にあるナハムを指定しました。それは充分にファラジの顔を立てた振る舞いでしたから、ファラジは喜んで承知しました。
 その上にアインデッドは、あくまで下手に出てファラジの顔を立てると見せかけて、ファラジは何人の兵を連れてくるも自由、こちらは身辺を守る二十人のみ、という条件を出しました。ルーハルはどのみち百人にも満たぬ小所帯でしたから、たとえ全員を連れていったところで、ファラジの軍に敵うわけもなかったのです。
 たびかさなる襲撃の戦果によって、アインデッドの金倉はゆたかでした。また彼は部下に惜しみなく恩賞を与えましたが、それはあくまで小遣いていどのもの、全ての金や食料はしっかり自分と、ルカディウスと、いまや右腕として忠実に働くようになったシロスとが握っているように気をつけたので、短い間にずいぶんと金は蓄えられていました。
 その金を、彼は惜しげもなく使って、ファラジ一行を歓待する用意を整えました。酒も肉もしこたま仕入れ、女を雇い入れ、ナハムの村長に金をやって手なずけて、村の集会所を使わせてもらうように話をつけました。
 金づくと、それと出さぬ剣の脅しとで承知させられた村長は、係わり合いを恐れつつ、協力することを約束しました。ナハムのような、どの強国からも離れているような自由開拓民の村にとっては、赤い盗賊に目を付けられるというのはとんだ災難で、無事に逃れるためには何でもしなくてはならなかったのです。
 そうしてファラジは百人の部下を引き連れ、いよいよルーハルをも手中におさめようという意気込みで、威張ってナハムまでやってきました。アインデッドは腹心の二十人だけを連れてあらかじめナハムに来て待っていました。むろんルカディウスや、シロスはアインデッドの傍らにおりました。
 こうしてアインデッドと、サナリアのファラジとの記念すべき会見がすすめられたのですが、それはしかし、驚くべき結果に終わることとなったのです。
 というのは、むろんのこと腹に一物隠しているアインデッドは、はじめきわめて丁重にファラジと部下たちをもてなしました。
 弟分を殺されたというので、ファラジははじめなかなか警戒心を解かず、そのなりもよろいかぶとをつけ、いつでも剣を抜けるように構えたものでしたが、アインデッドはあくまでも下手に出て、この小所帯が国境警備隊の目を逃れて無事にやってゆくためには、ファラジの兄貴の力が必要なんだ、と持ちかけました。そして何なら毎月、少しばかりの銀を用立てるから、ソーチをやったことは水に流して、自分と義兄弟の契りを結んではくれないか、と申し出たのです。
 ところでファラジは、ソーチとは兄弟分だったとはいえ、それはお互いの縄張りを侵犯しない、というだけで、決してこのような貢ぎ物絡みの話ではありませんでした。そこで彼はしだいにいい気分になり、剣にかけた手も緩んできました。
 そのうえ、ファラジには一つの弱点がありました。というのは、彼はシルベウスの病、つまりは男色に目がなかったのです。前にも言ったとおりこのアインデッドは、ソーチとは似ても似つかぬ二十二、三の若者、肌は女のように白く、ちょっと不思議な緑色の瞳を持つ、ぞっとするほどの美青年でした。
 それでファラジはしだいに安心し、また調子に乗ってきて、金は金として、アインデッドが彼の、いわば思いものになるのならという条件で、兄弟の契りをしようと言い出しました。
『そんなことでよければ、俺だってこれで命が助かるというもんだ』
 アインデッドは陽気に言いました。
『何と言ったって、この少人数でずっと国境警備隊の目をかすめてやっていくためには、後ろ盾が必要だからな』
『だから、俺がそのうしろだてになってやろうというのさ』
 とファラジはご満悦で言いました。
 そこで手打ちということになり、一同は打ち解けて、さんざん飲み食いしはじめました。ルーハルからの二十人は給仕にまわり、サナリアからの百人にぞんぶんに酒を勧め、肉を取り分け、無論自分たちもおおいに飲んだり、食べたりしているように見せかけました。しかし実際には彼らは、決して酔いつぶれるほどには飲まなかったのです。
 いっぽう、すっかり心を許したサナリアの一味の方は、もともと口のいやしい盗賊ども、たらふく詰め込み、浴びるほど酒を食らって、すっかり酔いつぶれてしまいました。さすがに大所帯の首領のこととて、ファラジはさかんに飲み食いしてもつぶれることはありません。
 真っ赤な顔になったファラジは、夜半をまわると、さんざんに高歌放吟して、すっかり酔いしれている部下たちを見回してからアインデッドの手を取り、『さあ、約束どおり、兄弟の契りを交わそうぜ』と言い出しました。
 アインデッドはそこでファラジを支えてやり、二人で奥の一室に入ってゆきました。酔っ払った盗賊どもはそれを見て、てんでに野卑なことを言ってはやしたてました。
 そのまま、さらに宴は続きました。そして、そろそろ明け方という頃です。
 一人のサナリアの盗賊が、ふっと異様な気配を感じて目を覚ましたときでした。彼らは、サナリアの者たちだけが集められて、縛り上げられた上で広い集会所の庭に転がされていたのです。
 周りの門と柵は全て閉ざされ、そして彼らの剣も弓矢も、いつのまにかすっかり取り上げられていました。そしてこれはどういうことか、柵の外を、ずらりと取り囲んでいたのは、弓に矢をつがえた、ルーハルの盗賊八十人だったのです。
『これはどういうことだ』
 頭目の一人が叫びました。
『こんなだまし討ちをして、ただで済むと思っているのか』
 すると、ルーハルの者たちを指揮していた醜い小男、つまり軍師のルカディウスがせせら笑って言いました。
『もちろん思っているさ。後ろを見てみるがいい』
 そこで彼らが慌てて振り返ると、そこにはアインデッドが立っていました。
 彼らはその格好を見てどよめきました。アインデッドは全身に血を浴びていました。そして右手には同じように血にまみれた剣を握り、左手にはファラジの生首を引っさげていたのです。
 しかし何もかもの考えを一瞬吹き飛ばしてしまうほど、アインデッドの姿は美しかったのです。射し初めた太陽に照らし出されたその姿は、復讐の女神にして地獄の女王エリニスの一人、赤々と燃える松明を持って罪人を探し出すアレクを思わせました。
 ようやくサナリアの盗賊たちは、周到に企まれただまし討ちにかけられたことを悟りました。
 その彼らに向かい、アインデッドは笑いながら、彼らの首領と同じ運命をたどるか、村人たちに警備隊を呼ばせるか、それとも降参してルーハルのアインデッドの部下となるか選ぶように言ったのです。
 こちらは百人、向こうは八十人というものの、首領を失い、武器もなく縛られたのでは、彼らにとって選択の余地は残されておりませんでした。そのうえ、たとえいかに酔っていようと、だまし討ちであろうと、ファラジといえば大変な強者として知られていたので、その彼を一対一でこうもあっさり首を奪った、若いアインデッドの武勇、腕のほどは彼らにとって恐るべしと思わせるに充分だったのです。
 サナリアの盗賊はつぎつぎに地に付して命乞いをし、アインデッドの傘下に下ったのでした。アインデッドは、それをよしとし、一人一人に名と得意技を尋ね、少しずつ金を与えて、ルーハルの連中と合流させました。
 こうしてサナリアのファラジは不慮の死を遂げ、百人の盗賊が新たにアインデッドの配下に加わったのでした。その日のうちにアインデッドはファラジの生首に、心きいたもの十人をつけてサナリアにやり、残る一味に投降を勧告しました。そして同時にサナリアに向かって新しい自分の軍の進軍を始めました。ファラジを失って、残ったものはひとたまりもなくアインデッドに投降することに決め、かくて彼はほとんど戦うことなくルーハルの二つの盗賊団を手中に収めたのです。
 こうしてソーチを殺し、ファラジ殺しによってアインデッドの勇名はかくれないものとなりました。このだまし討ちを快く思わない者もむろんおりましたが、それは一方で何をしでかすか判らぬ男、逆らうと何をするのか判らぬ危険な男、としてアインデッドの名を高らしめたのでした。
 その上、彼には抜け目のないルカディウスがついていて、味方についたものには恩賞を手厚くし、そして味方の中にもスパイを放って、アインデッドに本心から従っているのでないものは、どんどん暗殺していったのです。
 この噂はたちまち街道を駆けめぐり、小さい盗賊団の中には、ソーチやファラジのように殺されるよりはと、自ら手下を連れて投降してくるものが相次ぎました。赤い盗賊の三頭目のうち残る一人の、サラジアのオールデンも手勢を連れて投降してきたのです。
 また近在の開拓民のせがれや、腕自慢のごろつき、食い詰め者、お尋ね者が、彼の名を慕って集まってきたことで、ごく短い間にティフィリスのアインデッドはサナリアのファラジの全盛期を軽くしのぐ、七百人近い大所帯の頭目にのし上がったのです。
 ここまで大きくなってくると、当然国境警備隊に目を付けられるのがつねなのですが、アインデッドは抜け目なく立ち回り、一回略奪を行ったところでは一月は決して姿を見せません。
 ふつう、こういう連中は本拠地を定め、そのまわりを縄張りにして略奪をするので、すぐにその行動範囲が定まってしまうのですが、アインデッドは自らの手勢をいくつかに分け、つねに風のように共に移動して、北はカルミエから南はオールまで、三国の国境地帯を自由自在に駆けめぐり、そのためなかなか警備隊はどれがアインデッドの仕業で、どれがそうでないのか、決められませんでした。そのためにアインデッド一味の勢力も、一応の本拠地さえも、長いこと探り出すことができなかったのです。
 アインデッドのやり口は、はじめの二ヶ月ほどは残忍をきわめ、女子供さえ残さず皆殺しにするものでしたが、街道すじにその名が知れ渡るようになるとしだいに、手向かえばその報復は凄惨をきわめますが、素直に金さえ差し出せば、次の宿までの路銀だけは残して見逃し、一人の血も流さずに去ってゆくようになりました。また彼は隊商は襲っても村や町を襲うことは決してないのです。
 その上彼はたえず本拠地を移し、手兵を訓練し、ただの山賊ではなく立派な軍隊か何かのように鍛え上げました。たぶん彼は何か目当てがあるのでしょう。――しかしいずれにせよ、その疾風のような行動力と、その思い切った決断とは三つの街道をおびやかし、最大の脅威となりつつあるのです。
 きわめて短い間に彼は、これまでまったく知られなかったその名を中原じゅうに悪名ひびくものにしたのですが、言ってみればこの期間の短さそのものが、彼のなみなみならぬ非凡さを表しているのです。
 それに憧れて、わざわざ彼のもとに投じる無法な若者も増えているのも、これまではなかったことだし、また彼のもとに投じたものが滅多に寝返らないというのも、彼の課した規律の厳しさとそれを補って余りある、彼の魅力とを示しているようです。
 ともかく、そういうわけで、いまや赤い盗賊団はかつてのようにその旅人たちに流させた血の色ゆえに呼ばれるのみならず、首領の髪の鮮やかな赤ゆえでもあるのです。その首領アインデッドの名は、中原、ことにサリア街道周辺を中心に鳴り響き、モールマル、オール、ローン、カルミエ、そのあたり一帯の宿場を火の消えたように寂れさせていると、そういうわけなのですよ」
 長い物語を終えて、モールマルの《白鹿》亭のウィリス親方は、自分の話の与えた効果を知ろうとするかのように、客たちを見回した。
 客たちにとっても、それは、なかなか感銘を与えた様子であった。三人の商人たちはあらためて考え込んでいたし、マリエラはさらに深刻な悩むような顔をしていた。
「ティフィリスのアインデッド……」
「若くて美青年の悪党というので、近在の娘には、不謹慎にもやつの目にとまることを夢見る不心得者もいるほどです。まあ、ともかくですから、しばらくモールマルにとどまりなさるか、それとも引き返して、今のところは安全なルートをお探しになるのがよろしゅうございますよ。吟遊詩人は襲わぬとはいえ、あなたは若い娘さんのことですからね。危険であるのに変わりないでしょうや」
 ウィリスの熱心なすすめに、しかしマリエラは沈痛な面持ちで何か考え込むかに見えた。一刻も早くラトキアの家族のもとに戻りたいのだろうと思い、周りはしんみりとしてしまった。
 すでに、モールマルの夜は深更であった。

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