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「その、レント街道の赤い盗賊団の新しい首領――それがどのような人物で、どうやってこの短い期間に首領にまでのしあがったのか、それはいずれは吟遊詩人のサーガにうたわれるべき、一つの不思議な物語です」
 ウィリス親方は思わせぶりに首を振った。
「もちろん、お聞きになりたいと思いますが」
 マリエラに否やはなかった。そこでウィリス親方はすっかり気をよくして、自分のもてなしだと断っておいてから、カディス酒を皆にふるまった。自分も一口飲んでから、くつろげるように座りなおし、その数奇な、若い盗賊の物語をゆっくりと語り始めた。
「それはいわば、謎と闇、サライルと血でする契約、そうした小暗い物語でした。はじめその話を聞いたとき、町長のヌミスをはじめわれわれも、もとより国境警備隊の面々も、なかなかその話を信じることができませんでした。それまで全く例のない物語であったし、またそんな英雄がいるのならば少なくとも何らかの形で耳に入っているはずだと思われたからです。それほど、この新米の英雄の登場は唐突で、そのやり口は巧妙でした」
 遮るもののない沈黙の中で、ウィリスはゆっくりと続けた。
「恐らく、彼らは最初ルーハルに現れるについて、一度ならずこのモールマルをも通ったり、泊まったはずです。しかし彼らの通行を心にとどめているものは一人もありませんでした。それほど彼らは目立たず、のちにそんな恐るべき脅威になろうとは思われなかったのです」
「待って、親方」
 マリエラが遮った。
「彼ら、と言ったわね。どういうことなの。その首領は一人ではないの?」
「まあ、聞いてください」
 親方は得意そうに言った。
「私はひょんなことから、実は大変よく事情に通じているのですよ! というのも、私の甥が、オールの守備隊に入っておりますので、それから、色々と普通では聞けぬほど立ち入った内幕を教えてもらうことができるのでございまして。――が、まあ、そもそもの始めからお話しすることといたしましょう。
 そもそものはじめと、そう申しますのはおよそ四、五ヶ月前のことでござまいすが、ある二人の旅人が、パアル街道からサリア湖にそって、ルーハルの方へとやってきたのでした。
 この二人がどのような風体をしていたのか、それはおいおいに申し上げましょうが、たとえちょっと変わったところによって、あるいは抜きん出たところによって、いくぶん他のものよりは人の目をひきつけたとしても、彼らが一目で全てのものに見覚えられるほどに変わっていなかったことも確かです。
 この二人、それはいずれも、一応旅の傭兵と、それと旅の占い師のこしらえをしておりましたが、そういう街道沿いではごくありふれた風体でしたが二人ながら、それぞれ違った意味で人目を引く連中でした。というのも、丈高い、レント杉のようにまっすぐで、白亜のように色白の、年のころなら二十三、四の若い傭兵の方は、アーフェルの実のように赤いつややかな髪を首の後ろで一つに束ね、鷹のような緑の目を持つ、なかなか見目のよい美しい男で、それに引きかえ年かさの男のほうは、ロバに乗り、まるでサライルに祝福を受けたかと思われるほど醜かったからです。
 一人の美しさと、一人の醜さとは、それだけであったならまだともかく、相連れていることでいっそうに対照の妙となって目立っていました。しかし彼ら自身の方は別段、いっこうに目立つつもりも、目立っているとも思ってはいなかったので、何と言うこともなく順調に旅を続け、カルミエからまっすぐフブルを目指して、小さな宿場カラムへ投宿したのでした。
 カラムからサリの森を右に折れてゆくと、それはもう旧街道、ルーハルの宿が目と鼻です。二人の奇妙な旅人は、大して高くもない、といって木賃宿というほどでもない一軒の宿を取り、夕食を頼みました。食堂で彼らが明日からの旅の打ち合わせをしていたときです。宿のあるじが二人の会話を小耳に挟み、口を挟んできたのでした。
『お客さんたち、今何と言いなすった? 明日はルーハル泊まりだとか、たしか言っていたようだが』
『それが、どうかしたのか』
 若い傭兵の方は、たいして興味もなさそうな目を、宿のあるじに向けました。そうすると、かれが見かけよりもさらに若いかも知れぬことがよく判りました。
『どうかしたかだって? そんなことを言ってるようじゃ、あんたたち、このへんには不慣れなようだね』
『不慣れも何も、こんな方角へ来るのは初めてさ。知り合いもねえし、やってくる理由もなかったし』
『そうだろう。どういうわけがあるのか知らないが、ルーハルまわりだけはよしたほうがいいよ。どこへ行くのか教えてくれれば、いちばんいいルートを考えてやるからよ』
『そりゃ一体、どういうことなんだ』
 傭兵は言いました。
『天下の公道、どこに行こうが勝手のはずだろ』
『そりゃ、知らないから言えることだ。このごろルーハルへゆくのは、死にたいやつらばっかりですぜ』
『おやじが言ってるのは、あのソーチって盗賊のことだろ』
『そうと知ってりゃ話は早い』
 そう聞くと、何がおかしかったのか二人の旅人は、声を合わせて笑いはじめました。そして、ソーチはどのあたりを根城にしているのか、どのくらいの兵隊を揃え、その装備はどうなのかと、色々なことを聞きはじめたので、親切な宿の主は知っているかぎりのことを教えてやりました。
 知るほどの事を教え、そちらに行くのがいかに危険かということを繰り返し力説したので、あるじはこれで二人が考えを変えたものと安心し、よい人助けをしたと考えたのですが、しかし翌朝早く、二人が出立するところに行き合わせると、あるじは二人が自分の言ったように道を北東にとって安全なところへ行くのではなく、南東へ、つまりはまっすぐルーハルへ向かおうとしていることを知ったのです。
『こりゃ、どうしたことだ』
 あるじは叫びました。
『ゆうべあれだけ説明したのに、何を聞いてなすったことやら。そっちはルーハルの旧街道への一本道だよ』
『お前さんの親切は身にしみたがね、あるじ』
 醜い小男は、そうにやにやと笑って言いました。
『あいにくどうしても私らはフブルに行かなきゃならない用があるんだ。まあ、この人はたいそう腕が立つし、二人とも見てのとおり、金目のものなんか持っていない。こんな二人を襲う盗賊なんざいるわけあるまいから、まず大丈夫さ』
『それが考え違いってもんだ』
 あるじは叫びました。
『やつらは面白半分で人を殺すんだ。殺すのが面白さに、一銭も持たぬヤムの巡礼でも殺す、全く悪魔みたいな奴らだよ。ことに手向かったりしようもんなら、どんなむごい殺され方をするかわからない。若い身空で、顔の皮を剥がされたり、手足をちょっとずつ切られたりされたかないだろ』
『たしかに、そいつはごめんだな。だからせいぜい、自分で用心することにしよう』
 にやりと笑って、若い傭兵が申しました。そしてもう、あるじのとどめるのを聞きもやらず、さっさと馬に笞をあて、みるみるルーハルの方角へと走り去ってしまったのです。あるじはしばらく呆然としていました。しかし、自らこれだけ止めても思いとどまらなかったのだから仕方がないと、首を振り振り家の中に入ってしまいました。
 ともかくそれきり、カラムの宿のあるじが二人を見かけなかったのはたしかなのです。しかしこの二人連れは、宿のあるじの考えたように、あっさりとなぶり殺されて無残なしかばねをさらした、というわけではなかったのは無論のことです。
 二人の旅人は、しだいにあたりが危険に、ひと気がなくなってゆくことなど大して気にもかけず、まっしぐらにルーハルの方へ馬を走らせてゆきました。ルーハルの旧街道は今はほとんど使うものもなく、昼間でもしんと静まり返っています。しこへ馬を乗り入れて一テルとゆかぬうちに、ヒュン、と弓弦の音を立てて、彼らの馬の鼻先に矢が飛んできて、街道沿いの木の幹に突き立ちました。
『これはこれは、さっそくおいでなすったぜ』
 と傭兵は申しました。彼の言うとおりでした。すぐに木陰からばらばらっと飛び出した、二十人ばかりの盗賊が二人をぐるりと取り囲みました。すでに矢はつがえられて放たれんばかり、剣の柄に手をかけたごろつきどもは、いずれも世にもすさまじいご面相の悪党ばかりです。
 気の弱いものなら、それだけで腰を抜かし、震え上がり、気を失ってしまいそうな、この矢と白刃に囲まれて、しかし二人の豪胆な者はいっこうに動じる風でもありませんでした。それどころか、言ったのです。
『お前たちはソーチの手下だろう。ちっと親分に会って直接話したい。大事の用がある。会わせてくれ』
 そう言うと、二人は大胆にもみずから武装を解除して剣を下に放り出しました。
 ごろつきどもは顔を見合わせました。しかし、二人の様子からして、どうせこの二人とてかたぎではなく、彼らの棒組のごろつきであること、またなかなか肝もすわり、腕に覚えのある様子も知れたので、おそらくは用というのはどこかの町で食い詰めたかお尋ね者になって、盗賊の仲間に転げ込みたいのだろうと、目配せしあって、ついてこいと合図したのでした。
 ルーハルのソーチのアジトは、ルーハルの森の奥に打ち捨てられた古い開拓民の小屋を、ちょっとした砦に直したものでした。二人が連れられてゆくと、ちょうどソーチは酒盛りの最中でした。ソーチは大きな男で、残忍そうな顔と毛むくじゃらの手、相手構わずの色好みと残酷な所業とで知られていました。そのソーチの前へ引き出されると、若い傭兵はソーチに折り入って内密の話がある、と胸を張って申しました。
 これは当然、ソーチ一味の失笑を買いました。しかしその嘲り笑いも、若い彼が腰につけた革袋を取り、無造作にソーチの前に放ったとき、はたと止みました。袋の中にはぎっしりと金貨が詰まっていたのです。
『何の真似だ、これは』
 ソーチは若者を睨みつけました。若者はやはり臆する色もありません。
『あんたを見込んで、あんたの腕を買いたいんだ、ソーチ』
 彼はよく通る声で言いました。
『何だと』
 ソーチは唸り、金貨を一枚噛んでみて、本物かを確かめると、かしらだったものたちを残して、人払いをしました。
『どういうことか、聞こうじゃねえか』
『一言で言おう。ラトキアの公女が、味方の軍勢を探している。もう旗揚げの用意はできているのだが、エトルリア軍を撹乱してくれる別働隊がほしい。エトルリア国境で村を襲ったり、敵の目を引いたりするため、ルーハルの赤い盗賊の力を貸してほしいと、シェハラザード殿下は仰せだ』
『何だと。お前は』
『殿下の御用をつとめるものだ』
『この話が、ラトキアの公女からのものだという証拠はあるのか』
『この金だ。それに、承知なら、この十の三倍の金を払う。何日か待ってくれれば、金のありかに案内して、見せてやることもできる。むろん、一人できてもらうが』
『公女は確か、エトルリア大公の妾になっていたはずだ』
『大公を刺して脱出され、ラトキア再興の旗揚げをされる。その手はずも、もうできている』
『いかにもありそうな話だな』
 ソーチはうなって、ひげをまさぐりました。
『しかしそんなことは、急に言い出されても、おれ一人の一存では決められん。少し待ってくれ』
『どのくらい待てばいい?』
 傭兵は若々しい声で尋ねました。そのようすを、ソーチは横目で眺めました。
『一日、二日――いや、今遠出している幹部もいるから、三日くれ。それがそろってから聞いてみるから、それまではここに逗留していればいい』
『それは、使者の用向きを果たすためなら、三日が十日でも滞在させてもらおう。しかしルーハルのソーチともあろう頭目が、これしきのことに、そんなに部下にはからねばならぬとは知らなかったな』
 傭兵は嘲笑って言いました。ソーチはむっとした様子になりましたが、何を思ってか何も言いませんでした。
 そこで二人は客として滞在する事になり、いったん山塞の中に連れ去られました。そのあと、ソーチと頭目たちは、ひそひそと、どうするかを相談しはじめました」

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