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 以上が名高いペルジアの三醜女であった。セリュンジェは何といっても、きわめてまっとうな、一般的かつ常識的な男であったから、このいずれ劣らぬ怪物三姉妹にすっかり仰天してしまい、またあれからあれへと目をきょろきょろさせては、感嘆のため息をつくばかりであった。
(うへえ――!)
 セリュンジェはこっそり傍白した。
(あれがペルジアの三醜女ってやつか!――あれがどうして女なもんか。牛と、イトスギと、クジラがドレスをまといつけたって、ああいうふうには見えようってもんじゃねえだろうよ。――ペルジアの人々が希望を無くすのも無理はないというものだな。なんだか、あいつらを見たあとでは、永久に美しい女なんていうものにはめぐりあえねえような気すらしちまうぜ。やれやれ――これといい勝負だ、とか何だかんだ言われちゃいるが、うちの皇女様なんぞ、これに比べりゃまだマシ――いや、ルクリーシアさまとならともかく、こっちと比べちゃ失礼ってもんだろうぜ、ええ!)
 たしかに、セリュンジェの言うとおりであった。
 外見、容姿の美しくないこと、それ自体はべつだん――メーミアは別とすれば――他にももっとひどいのはいただろうし、彼女たちだけが本当に見たものを狂い死にさせるほど醜かったというわけでもなかったのだ。
 ただ、とにかくこの三姉妹は、三人とも何かしら一種すさまじいばかりの瘴気というか病的なものを発散していて、それが見るものの心胆を寒からしめてしまうのだった。何やら妄執のどす黒さというようなものがもやもやと立ちのぼり、三姉妹の並んでいる一角だけが、何となく、よどんで腐っているような感じだった。
 一目見て判るセリージャのけちも強欲も、リールの残酷さと嗜虐も、メーミアの飽食と不節制も、何かしら一種の超常現象の域に達しているほどで、それが見るものをぞっと総毛立たせるのだった。恐ろしく不健康な、異常な感じ――それは、なかなかな事では、こうまで強められて感じられるものではなかっただろう。
 セリュンジェはすっかり感心しきって、すっかり心奪われてこのありさまを見つめていた。――そして、アルドゥインは一体どのように感じているのかと、そっと横目を使ってみるのだが、アルドゥインの方は、リールの視線にも耐え抜いて、まるきり落ち着き払った無表情のまま、何を考えているのかさっぱり判らなかった。
 そうこうする間にも――セリュンジェが、以上のようなペルジアの三醜女の生ける肖像を観察していたのは何のかのといってもほとんど一瞬のことであったので――ゼーア皇帝の関係者はウジャス帝に挨拶し、それぞれ挨拶を述べ、椅子に座るところであった。
「――というわけで……」
 儀典長が何か言おうとする前に、すべての礼儀作法を無視して、すばやくトティラが口をはさんだ。
「先にご説明申し上げましたとおり、この者がメビウス軍籍を離脱したるアスキアのアルドゥインにございます、我が君。――彼の申し条につきまして、ペルジアといたしましてはいかにはからうべきかを、ご賢明なるご判断を下されたく、このように御前まかりましてございます」
「うむ」
 アダブルのほうは、さしてこの無礼に何か思ったようではなかった。そして初めて、アルドゥインにまっすぐ目を向けた。それまではちらちらと視線を送っているだけだったのだ。
「そのほう」
 アダブルは口を切った。トティラとは内々に相談を済ませているのだろう。ずいぶんとウジャス皇帝を無視した態度であった。
「わしに直々の交渉をせんとてはるばるやって来た、と大言しよるそうだが、それは真であろうな。真であればたかだか一国の下士にすぎぬ千騎長ふぜいが、大国ペルジアの君主に会談を申し入れる、そのような横紙破りが許されるほど、それは重大な用件であると考えてよいのであるな?」
 言葉つきは静かであった。彼としては、しかしいつでも威圧する怒号と変わる凄みを隠したつもりだったようだ。アダブルにしてみれば、たった五千の軍勢にこのペルジア深く、それどころか碧玉宮の中にまで侵入を許したということで、それが大公の威厳を弱める原因となるのでは、とその体面が一番気掛かりであったことだろう。
「直問を頂き、いたみいる。また直答お許し頂き、光栄に存ずる」
 アルドゥインの方は重々しく、このような時になると発揮する落ち着きはらった態度で以て頭を下げ、丁寧に言った。
「いかにも我は一介の千騎長、しかも現在はメビウス軍籍すら返上せし、身の置き所なき浪々の身の上。されど我が剣はいまだメビウス皇帝イェライン陛下のもとにあり、その忠誠黙し難く、かくは雪中タギナエをいで、イズラルへと至った。主こそ違えどペルジア大公閣下にもお覚えあってしかるべき忠義のゆえのご無礼、失礼の段はそのゆえもって平にご容赦いただきたい」
 アルドゥインの声は、静かに広間を流れていった。
 アダブルは少々胡散臭そうに目を細めていた。どうやら、傭兵出身の千騎長にすぎぬはずのアルドゥインが礼儀にかなった立ち居振る舞いをしているというのがあまり信じられぬようであった。
 アルドゥインは構わずに続けた。
「もとより、我らごとき陪臣の身が、かくも尊きあたりにじきじきにお目通りを願い出る分のわきまえなさは承知の上。されど、かように申し上げてははばかりながら、はるかに遠きペルジアとメビウス、それぞれの支配者が心やすだてに同じ卓で歓談するにも、多くの障害がございます。もしもアダブル大公閣下と我が主君イェライン陛下が直接お言葉を交わされれば、全ては誤解であったと忽ちにして氷解すべき行き違いも、何百バルの隔たりと幾重ものしきたりと、さらに各々何百何千の廷臣武将に隔てられればこそ、いやが上にもつのるままになるでしょう。されば、かく申し上げるは僭越のきわみながら、不肖がその身をあえて浪々となして、閣下のご本意を質すべく、かようにここまで参った次第であります。そのようにご理解願わしい。――もとよりこれはイェライン陛下には一切ご存じなき、ひとえに我が意思よりいでしこと。さりながら、我が本心は全く、両国の平和と友好を願うもの。そのことだけはゆめお疑いなさらぬようにお願いたてまつる」
「それは――それは、もうよい。このように、ともかくも謁見を許したからには、それは我にとっても心得たること。そのことをいつまでも咎めだてようとは思わぬ。ただし、これがいかに前例のなきことかだけはしかと心得おけ、アルドゥイン」
 いかにも物分かりの良い、太っ腹なところを見せて、アダブルは言った。それに対してアルドゥインはもう一度ていねいに頭を下げた。
「ともかく」
 これだけ念を押したので、廷臣たちにも一応のしめしがついた、と考えたらしい。アダブルはちらりとトティラを見やり、彼が頷いたのを見てから口調を改めた。
「その方がはるばるイズラルまでやって来たのは、イェライン皇帝への忠義ゆえと、そう言うわけだな。ではたとえ立場は公のものでなくとも、その方の申すこと、対応は全てメビウス宮廷のそれと同一であると考えもよいわけだな?」
「どうぞ、ご随意に」
「よかろう。では――」
 ふいにトティラが口をはさんだ。
「これは正規の、ペルジアとメビウスの間の交渉と考えてよいわけだな?」
「そうとは申しておらぬ、将軍」
 アルドゥインはトティラの方をちらりと見た。
「俺の申し上げたこと、またこれから申し上げることはあくまでメビウス軍籍を離れた者の言、俺の申し条はすなわちメビウスの人々の心に異ならずといえども、それをもって、メビウス宮廷の決定と申されるのはいささか強弁というもの。なんとなれば、メビウスの意思を決定されるのはイェライン陛下であり、それがたとえメビウス国民の意思に背くとしても、メビウスの支配者の決めたまいしことに国民は従うのみ。それは貴国でも同じ事と存ずるが」
「そ、それは無論のこと」
 慌てたようにアダブルは言った。
「しかしながら、俺の了解するところでは、ペルジアは大公国にして、ゼーア帝国の連合王国の一つとあるからには、さらに高い秩序、王権を求める時には、その帰結はおのずから明らかとなり――すなわちここにおわすゼーア帝国皇帝ウジャス陛下こそがゼーアの支配者にしてその運命の最高決定者であると理解して間違いございませんか?」
「……」
 大公はぐっとつまってしまった。最初から変な言いがかりをつけられた、とでも言いたげにトティラに助けを求めるような目を向け、アルドゥインを見て、またトティラに視線をさまよわせた。
 だがトティラも眉を寄せたままアルドゥインを見ていてアダブルの方を見返さなかったので彼は困って、さらに廷臣たちに目をやり、挙げ句の果てには三公女たちにまで目をさまよわせた。
「そ――それは、まあ……」
「そのように理解して、間違いはない、と? むろんペルジアの最高権者はむろんのことアダブル大公と心得ているが、そのペルジア大公国をもって一としてあるゼーア帝国においては、二大公国はウジャス陛下の統治権の下にあり、と。万一にも俺の理解に誤りのある場合には、このエトルリア公使ガオ・スン閣下もおいでなさるこの席上で、お正しいただきたい。俺は、誤りを正すにやぶさかでない」
「……」
 アダブルはさらに困って、ますます視線をあちこちに彷徨わせたのだが、頼みのトティラは不機嫌そうに口をへの字にひん曲げて、アダブルとアルドゥインを均等に睨みつけていた。アダブルはとうとう弱々しく言った。
「なにゆえその方が、そのような事をくどくどと念を押すものか、われにはさっぱり判らぬ。そのようなことは、何もわざわざ質すまでのことでもない」
「と仰せられるからには、我が理解に誤りはないのですね」
「くどいぞ」
「では、ウジャス皇帝陛下には、むろん我がイェライン陛下がメビウスの支配者であるのとは意味合いは異なろうが、ゼーア二大公国の支配者、王権者にたぐいはないと、そう心得てよろしかろうか、ガオ・スン公使?」
 ふいに話をふられたので、ガオ・スンはびっくりしたように顔を上げたが、アルドゥインの言わんとしていることは飲み込めたらしく、わずかに口許を緩めた。
「いかにも、さよう了解されてよろしかろう」
 アルドゥインは謝意を込めて軽くガオ・スンに頭を下げた。そして、どうやらアルドゥインのもっていきたい話の展開に気づいて嫌な顔をしているアダブル大公に再び向き直った。真ん中の玉座で、体中を耳にしているような様子で聞き入っているウジャスと、何となくにやにやしているガオ・スンに交互に頷きかけ、彼は言った。
「では、そのウジャス陛下にお伺いしたい」
「直言許すぞ、アルドゥイン」
 すかさずウジャスが言った。
「かたじけなき儀、光栄にございます。お答えいただきたきことはただ一つのみ。我がメビウスと、御版図のエトルリア、ペルジアとは三十年近くの長きにわたり、相互不可侵条約を結び、もって友好の礎となしてきたはず。――なにゆえにウジャス陛下におかれてはそれを一方的に破棄せられ、ご麾下をもってメビウス周辺をおびやかされたのでありましょうか?」
「ちと待て、アルドゥイン」
 ここぞとばかり、芝居っ気たっぷりにウジャスは手を出して制止し、怪訝そうな声を出した。近くで誰かがチッと舌打ちした。それは、末娘のリールであった。
「その方の申すことはさっぱり判らぬ。わしは不可侵条約を破棄せよとも、メビウスを侵略せよとも、命じた覚えはないぞ」
「しかと、さようでございましょうな」
「しかと」
 ウジャスは大きくうなずいた。
「では、ペルジア軍を装ったエトルリア軍という可能性は?」
「とんでもなきこと」
 ガオ・スン公使はかぶりをふった。
「さようの命あらば、なぜ在イズラル公使なる我が知らぬことがありえようか。また、何条もって友邦たるペルジアをそのような陋劣なる手段をもって陥れねばならぬ理由が、我がエトルリアにあろうか。さらに申せば現在我が国は今、ラトキアの秩序回復に着手している最中。その我が国がなにゆえに長年の友好と平和をなげうとうか」
「まことごもっともなるお言葉」
 アルドゥインは頷いた。
「しかしそれでは、いかにも面妖ななりゆきである。我らがタギナエ国境にて戦いし軍勢はたしかにゼーア兵のもの。されどウジャス帝にはタギナエ派兵のご勅は下されておらぬという――もとよりエトルリアも。そうしてみると、あとはペルジア大公のお言葉を待つのみかと。もしいずくかの国、ないしは徒党の輩が両国の長き友好をそねみ、間を割かんとしてめぐらしたる謀略なれば一刻も早く謀略の主を探し出し、二度とさようのたくみを働かぬように厳しく糾問せずばなるまい。これにつき大公閣下のご賢察いただきたく、かくは失礼を省みず、このように碧玉急まで参上つかまつった次第」
 しだいにアルドゥインの声は大きく、鋭い響きを帯び、碧玉宮の中に響き渡るかとさえ思われた。それにつれて彼の覇気というか、気迫は勢いを増し、長身をさらに大きく見せるかのようであった。
 アダブルは気迫に圧されたように、いくぶん身を反らした。またしても助けを求めてトティラの方に目を向けた。今度はトティラはゆっくりと一歩踏み出した。でないとアダブルがどんな事を言うか知れたものではないと思ったのだろう。
「アルドゥイン殿、お申し越しの件はよく判った、ついてはその件につき、それがしが説明させていただこう」
「あ、いや」
 アルドゥインの鋭い声がトティラの言葉を遮った。
「将軍には大変申し訳なく存ずるが、将軍とはすでに何度か言葉を交わす機会を得、そのご説明はうかがっている。せっかく無礼を通してこのように大公閣下じきじきにお目もじの機会を得た上は、ぜひとも大公閣下ご自身のお言葉をうけたまわりたいものだが」
「……」
 トティラはしょうことなしに口をつぐみ、アルドゥインを睨みつけてから、どうにでもしろと言いたげに座に戻った。アダブルはいよいよ切羽詰ったような、渋い顔をしていたが、仕方なく口を開きかけた。
「それは、つまり――」
「しばし待たれよ、父上」
 突然ドスの利いた声が三公女の席から割り入ってきた。第三公女リールであった。

「Chronicle Rhapsody12 闇の導師」完


楽曲解説
「円舞曲」……ワルツ。オーストリア、バイエルン地方の、中庸の速さの四分の三拍子の舞曲。男女が抱き合って円を描いて踊る。「皇帝円舞曲」はシュトラウス作曲。
「パッサカリア」……シャコンヌと密接な関係を持つバロック音楽の一形式。バッソ・オスティナート(同一低音部)を持つ。
 ちなみに第三楽章のエピグラフ「イズラルよさらば」というのは、バロック時代の作曲家ハインリヒ・イザークの「インスブルックよさらば」から。第四楽章の三重変奏曲は、もちろん楽しい三公女のことです。

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